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It’s too late to be sorry 謝っても、もう遅い3
翌週、朝から当麻の様子が変だった。纏っている空気が澱んで、いつもの快活さが無い。黙って考え込んでいる。怒っているようにも見えた。
昼休みになると、当麻は自分の席でパンをぺろりと平らげ、そのまま突っ伏して寝てしまった。
更に珍しいことに、当麻は午後の授業時間中、ほぼ寝ていた。
風の忘却魔法の副作用だろうか。普段あまり使用しない属性の魔法だっただけに、かなり心配だ。
それとも、魔法への耐性云々は間違いで、いままでかけてきた魔法の分の揺り戻しが、一気に出てきたとか?
仕方ない。今日、無理矢理にでも家へ連れて帰って、緊急の集会を開いてもらおう。そこで全部話して、当麻の状態を診てもらう。
学校生活が終わることも、当麻から離れることも含めて、処分は覚悟の上。当麻の身体の方が大事だ。
勝手をしてごめん、巻き込んでごめん。
心の中で、当麻に謝る。
放課後になり、当麻の所へ向かおうと席を立つと、ひばりさんと斉藤が、先に当麻に声をかけていた。
「今日はもう良いのか?」
「ああ、ふたりとも、週末ありがとな」
「良いって良いって! ていうか、まだ続きがあるのもあるよ? 貸そうか、貸したげよっか? それとも、薄い本の方が」
「あー! あーあーあー、委員長? もう大丈夫だから、あと大きい声でそういう単語は出さない方が良いと思うんだ」
ひばりさんがいきいきしている。何だか楽しそうだ。
「俺さ、体育館裏の倉庫に用事があって」
「まだ月曜だぞ……おっ、もしかしてロッカーのヒロシ君? ようやく調べる気なったか!」
「ああ、まあ似たようなもん」
当麻はこちらを振り向いて、真っ直ぐ、僕を見る。
「猫の頭した忠義者の変態執事に会いに行く」
僕は耳を疑う。何だって?
当麻は、首を捻るふたりに手を振り、
「じゃ、また明日」
僕の方へ近づいてくる。思わず腰が引けた僕に構わず、当麻は僕の腕を掴んで教室の外へ。そのまま早足で歩く。
「ちょっ、当麻!」
「倉庫に行くぞ」
僕の耳元で、低い、暗い声が響く。背筋がぞわりとした。間違いない、当麻は怒っている。
「今日は当番じゃない!」
逃げ出したい。腕を振りほどこうとするが、びくともしない。
「俺は憶えてるよ、周央」
――――――――――――――――――――
俺は憶えている。そう宣言したら、周央は泣きそうな表情で俺を見た。
そんな顔をさせた自分に腹が立つ。そうだ、俺はずっと、自分に腹が立っていた。魔法だか何だか知らないが、簡単に周央との時間を忘れて。
周央はいつも、どんな思いで俺を見ていたのだろう。
「ごめん、当麻」
「もう終わりにするつもりだったんだ」
「魔法陣も、今週末に解体するつもりで」
「当麻、本当にごめん」
「許して」
周央は一生懸命、言葉を重ねてくる。
違う。違う違う違う、違うんだ周央。お前は悪くない。伝えたい。言葉じゃなく態度で、全身で。だからいま、あの部屋が必要だ。
ひたすら、先を急ぐ。
俺は体育館裏の倉庫の扉を開けた。
「おいセバス、いるんだろ? セバスチャン!」
「ここに」
音も無く、すっと横に現れた猫頭の執事へ、指示を出した。
「しばらく外せ。周央がどんなに呼んでも、俺が呼ぶまで手出しするな」
大きな猫目が、まんまるに開かれる。
「悪いようにはしない、絶対に。俺を信じてくれ」
見合わせた目を細めたセバスチャンは、
「承知致しました当麻様。マスターのこと、よろしくお願い致します」
現れたのと同じく、すっと消える。
「なっ、セバス、待てセバス! マスターは僕だろ、契約違反だ!」
「おい周央」
まだ開いたままの扉の向こう側へ逃げようとする周央をぎゅっと抱き締め、腕の中に留める。紅潮した耳に、囁いた。
「よく聞け。いまから俺がすることは、全部、俺の意思でやることだ。理解しろ。俺が、周央を心の底から、欲しいと思ってること」
「そっ……んな、嘘だ!」
「嘘じゃない。これまでのことを、周央は、自分の考えだけで勝手にやってきたと思ってるんだろ? 違うから。違うんだって分かって欲しい」
すでに熱り勃っている俺を、周央の内腿に押しつける。
「何もするなよ。勉強、してきたんだ」
「な、にを……」
周央は、俺の顔前に腕を割り入れ、逃れようとする。俺は周央の両手首を掴んで無理やり開いた。
唇にかぶりつく。周央がぶるっと身体を震わせ、瞳を潤ませる。
舌を思い切り深く侵入させる。周央は、最初は弱々しく、次第に強く舌を絡めてきた。
「ん……ふっ」
ふたりして、まるで渇きを癒すかのように、互いの唾液を啜り合う。甘い、柔らかい蜂蜜の香りが、鼻腔を支配する。
長く長く、ひたすら口の中を溶かし合う。次第に、周央の身体から力が抜けていく。
ぽうっ、と惚けているのを確認して、両腕を解放。
そして俺は、倉庫の重い扉を閉めた。
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