20 / 33

It’s too late to be sorry 謝っても、もう遅い5

 思い出した限りの記憶によれば、これまで直が意識を飛ばしたことなど無かったはずだ。慌てた俺はセバスチャンを呼び出し、直の身体を拭き、下着とガウンを着せてベッドに横たえる。 「だいぶお疲れだったようですね。大丈夫です、すぐお目覚めになりますよ」  使い魔のお墨付きをもらったので、少し安心する。  俺はシャワーを浴び、綺麗に整えられた制服を着た。  ベッドへ戻ると、直はまだ寝ていた。  隣に寝そべってみる。規則正しい寝息を聞きながら、抱き寄せた。  そうっと頭を撫でる。真っ黒じゃない、色素の薄い髪。ふわふわの、サラサラだ。  あ、俺のこの行動、側から見ると超自己満野郎だな、キモい、こりゃ救えねえ。  いや、救われなくても良いか。俺はこれで良い。つか、これが良いんだ。  よし、ここいらで止めとこ。一息ついて、身体を離そうとすると、直が、俺のシャツを掴み、頭をぐりぐりと、胸に押しつけてきた。  こんなことで。こんなことひとつで、胸が、こんなにもぎゅうっと締めつけられるなんて。 「くそ愛し過ぎて辛え」  俺は深く溜め息を吐いて、胸が締めつけられた分、強く直を抱き締めた。 「ん……何、どしたの?」 「いや、何でもない。ごめんな、起こして」  直は、とろん、とした潤んだ目を、半分くらい開く。  くっそかわえええええええええ!  額を壁にがんっがんぶつけたい衝動に駆られる。 「直」  俺は調子に乗っていた。  軽く口づけをする。直はぼんやりとして、無抵抗なままだ。音を立てて口づけを繰り返していると、やがてわずかながら、唇を開いてくれた。  舌を入れる。直も、少し舌を絡めてきた。俺はそこを捉え、激しく水音を立てて猛然とその舌を吸った。 「……いやいやいやいや、何してんだよ」  あ、やばい、ツンツン直が覚醒し始めた。 「え? 可愛くて食べたくなったから食べたに決まってるだろ他に何もない」 「いや、言ってることおかしいぞ? 頭いっちゃった?」  本気で疑っている、と言わんばかりのジト目に、ちょっと傷つく。  よっしゃ反撃だ。 「おかしかったのは、直の方だろ」 「あん?」 「感じすぎ? で、気ぃ失ったんだ、びっくりした」 「かっ……」  頬が真っ赤に染まる。どうやら先程までの行為とその結果を、思い出したらしい。慌ててベッドの端へ逃げていった。ああ、さらば一方的に味わえた甘い時間よ。 「つかさ、直、いま思い出したよな?」  直は、はっと息を飲む。目がまん丸に見開かれた。 「じゃあ、返事は?」  ばばばば、とそこら中のシーツやクッションが直に引っ張られ、こんもりとした布の山がひとつ、形成される。直はその山の中に籠ってしまった。 「おーい、直。直さーん」  返事が無い。さて、どうしてくれよう。 「なあ直、お前が猫頭のマスターなんだよな? 聖杯戦争でも始める気か?」  山は動かない。 「七人のサーヴァントでも集めてんのか?」 「……それ何か違くない?」 「だっけ?」  よしよし、乗ってきた。 「この辺りには魔女が多いのか? 直って、入学前に引っ越してきただろ」 「うん?」 「魔女が生活しやすいとか?」 「何の話……それは東北地方に引っ越したふらいんぐな魔女の話だな? 違う」  よかった、会話が続く。 「じゃああれだ、カードをキャプターしていく」 「カードをキャプターって! 女子小学生でも中学生でもないよ僕は!」 「じゃあやっぱ聖杯を巡る」 「なんで戦うんだよ!」 「塔の魔女で、工房派と」 「確かにウィッチクラフトだけど! やっぱ戦ってんじゃん!」  がば、と山が崩れ、美人が飛び出してきた。俺好みの美人。目つきが多少悪くなってるが。 「てか、アニメばっかだなお前の情報!」 「だってさ、何から調べれば良いのか分からなくて。  週末、斉藤と委員長に魔女のこと教えてくれって相談したら、お薦めのアニメDVD大量に貸してもらえたんだ」  直は首を傾げる。 「ふたりとも、アニオタだったらしい」 「何だそりゃ!」 「ちなみに前立腺については、委員長のお姉さまの、大事な蔵書の一部をお借りしました」 「え! まさかひばりさんに僕らがヤったこと話したの?」 「いいや全く。でも、斉藤に見つからないように、そっと手渡された」 「あっ、もしかして……」 「それっぽい誘導尋問でも受けた?」 「あー、そうかも、僕かも!? わあー、ひばりさぁん……」  直は、ばふっ、と音を立てて布の山に頭を突っ込んだ。隠しきれていない耳と首筋が真っ赤だ。 「四人姉妹の、次女なんだって。姉妹プラス母、全員腐ってるけど学校では内緒ね、ってさ」 「……ひばりさんち、凄いな」 「俺も凄いと思った。ああ、ちなみに直が魔女、っていうのも言ってない。黙ってた方が良いんだろう?」  顔を上げ、こくりと頷いた。 「直のこと、もっと知りたかったんだ。やっと少し知れたんだ、もっとちゃんと知りたいと思うのは当たり前だろ?  この前聞いた話と結構設定が違うから、参考になったかどうかは微妙、というかなってない気もするけど、観始めるとこれが面白くてさ、あんま寝てない」 「だからって、アニメ!」 「いやいや、ふたりがすげえ勧めてきたんだって。つか直だってちゃんとついてこられるんだから、隠れオタクだろ」 「うっさい、何となく観ただけだ!」 「ほむらちゃん、ズッ友でいようね」 「絶対そんな言い方してないから! ちゃんと観てないだろ!」 「正解。時間が無くて全部はチェックできなかった。なあ」  俺は直の腕を掴み、身体を近づけた。 「直、俺達はズッ友なのか?」  直が眉を寄せる。 「友達なのか? ずっと?」  もう一方の指で、そっと頬に触れる。 「俺は、嫌だ。ずっと友達のままなんて。つか、ここまでやっといて友達とか、ねえよな?」  黙り込んでいる。 「なあ、さっき俺が言ったこと、もういっぺん言おうか?」  ふにゃ、と眉毛が下がった。ああ、直がまた泣きそうだ。 「お前はっ」  絞り出すような声。 「お前は僕を疑わないのか?」 「疑う? 何を」 「僕は魔女だって、知ってるだろ? 薬とか、魔法とか使って、そういう風に思わされてるんじゃないかとか、考えないのかよ?」 「ああ、なるほど。一応考えたけど、疑いはしなかったなあ。  忘れさせようって相手に、そんなもん使うかなって。二重に手間だし非効率じゃん。しかも俺、毎度直のこと、好きだって自覚してたんだぞ。  俺、毎回、直に嫌われてないって知って、心底嬉しかったんだ。身体に触らせてもらえて、もの凄く幸せになった。んで必ず、直のことが好きだったんだって、気づいた。それでヤる覚悟決めてたんだからな? 好きじゃない、しかも男となんて絶対エッチとかできねえから。まあそんなわけで、薬や魔法でどうこう、なんて疑ってないよ」 「じゃあ、前回までは本当の本当に、思い出してなかったのか? 僕とヤってたこと」 「当たり前だろ、綺麗さっぱり消されてたんだから。あー、もしかして、俺が回を重ねる毎にエロい方向に進化してったことが気になってんの? んなもん、好きなやつと“初エッチ”だぞ? 嫌われてるって思い込んで落ちてた反動もあったし、それぞれ全身全霊、全力で挑ませてもらってたに決まってるだろ!   限界値がどんどん上がってるのは、まあ、身体が鍛えられてたんだな、きっと。うん」 「そんな、簡単に……」  言わないでよ、と小さく呟く。瞬きで、長い睫毛が瞳の中の水滴を拾ってしまい、濡れる。俺は直の睫毛に唇をくっつけて、吸い取った。 「簡単に言ってるつもりはないぞ。それに直、泣きながら記憶、消してただろ。俺が忘れるの、辛かったんだよな? ごめんな」 「な、んでっ、お前が謝るんだ! それにさっきから好きって、好きってそんなの」  直は、掌で俺の胸をぐいと押し、距離を取って顔を下に向けた。 「……そんなの、勘違いだ」 「は?」 「どうせ身体だけだろ? 僕の身体に反応してただけだ! 気持ち良いことを僕に仕込まれて、僕に身体が反応するから、勘違いしてるんだよ。おかしくなっちゃったんだ」  どんどん早口になっていく。 「それか、同情してたんだ、僕が必死にお前を求めるから、可哀想だって思ったんだろ? お前は優しいから、それに応えてくれただけだ。  大丈夫、次こそ全部忘れさせて、お前を、普通の生活に戻すから。それできっと素敵な女の人と巡り会って結婚して幸せに」  俺は再びぐいっと直を引き寄せる。 「こっち見ろよ直! 何でそうなる? 前も言ったよな、自己完結過ぎだって。ひとりでそうやって結論出すなよ、俺がいつ、身体だけが好きだって言った? 同情してるなんて、直より女が良いなんて言ったよ?  俺は、お前を愛してるって言ったんだぞ?」  直の目から、ぶわわと涙が溢れ、零れ落ちる。 「おっ、憶えてるよ、すっごく驚いたし、う、嬉しかった! でも、でも信じられない」  直はひっく、としゃくり上げる。 「当麻がじゃなくて、自分がっ」 「どうして?」 「もうっ、自分でも分からないんだ、当麻がそうやって言ってくれるのも、ただの自分の願望で、言わせてるだけなんじゃないかって! 当麻のこと好き過ぎて、もう、色々八方塞がりで、頭ぐちゃぐちゃで……自分でも自覚の無いまま、何か魔法を使ってるんじゃないかって!」 「んなわけ」 「あるんだよ! 感情に流されない為のコントロール習得したの、ほんの二年前なんだよ?」  直は、自分で自分の腕を掴み、縮こまっていく。 「この前、お前の記憶を消した次の日の儀式の最中、お前とのこと思い出して、魔力量が尋常じゃなく増えちゃって。  さっき、溢れそうになった時みたいに、制御ができなくて……そうだ、さっきの感じだった」  つい、と顔を上げる。目は俺ではなく、別のところを見ている。 「僕と当麻の境目が溶けて、混ざって、自分が自分じゃない感じがして。凄く、怖くなったんだ。それで、溢れて」 「直、それは……」  リーイィィィィィィィィン。  直が、はっ、と息を飲んで立ち上がる。 「来た」  いままで赤く潤んでいた直の肌が、一気に色を無くした。

ともだちにシェアしよう!