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It’s too late to be sorry 謝っても、もう遅い6

 高い、金属同士がぶつかり合う音にも似た鈴の音。僕は立ち上がった。 「来た」  この時が、とうとう来た。  僕の様子を見て、何かを察した当麻も立ち上がる。しかも、庇うように扉に向かって、僕の前に立つ。 「当麻って、ほんと……」  優し過ぎだ。言葉を続けられなくなった僕に、当麻が問いかけてきた。 「で、何が来たって?」 「僕のカヴンのプリースト、つまりリーダーが来る。僕の養父、恭一郎さんだ。もしかしたら、他のメンバーも一緒かも」  僕への制裁の為だ、とまでは口にできなかった。完璧、巻き込んでしまった。 「いま聞こえた鈴の音は、『森と結界の守護者』で使ってる、結界発動の合図なんだ」 「つまり、この倉庫の魔法陣の、更に外で魔法陣を作ったってことか?」 「うん。恐らく完全に囲い込まれてる。セバスチャン、支度だ、出てこい」  既に制服を着ていた当麻と違い、僕はガウンと下着しか身に着けていなかった。シャツを先に羽織り、ズボンを履いている間、当麻が僕のネクタイを締めてくれる。セバスに命じて、濡れたタオルを持って来させて顔も拭ってくれる。かいがいしい。 「魔女って皆、直のセバスみたいな使い魔連れてるのか?」 「あー、いたり、いなかったり、かな。そもそも、使い魔を使ってる人も、連れて歩く人も少数派なんだ。  ごめん、誤解させてると思うから教えとく。セバスが執事の格好で人間みたいに話したり動いたりできるの、専用の魔法陣の中だけなんだ」 「へえ、そうなのか」 「そう、だから、聖杯戦争みたいなことにはならないからね」 「なるほど、サーヴァント同士の戦いみたいなことにはならないんだな、って直、先手打ってきたな」  当麻は微笑みながら、僕の両肩から腕、指先までさすってくれた。  そっか。僕は知らぬうちに震えていたらしい。当麻は、それを紛らわせてくれようとしていたようだ。  また、涙が出そうになる。  もし。もし仮に、僕の妄想や魔法の影響じゃなく、当麻の気持ちが正真正銘、当麻から発せられたものだったら。  いや、こうなったら、どっちにしたって同じだ。 「当麻は、大丈夫だからね。僕は加害者、当麻は被害者。何も心配要らない。僕じゃなくても、別の人に、綺麗に記憶、消してもらえるだろうから」 「……は?」  当麻の声が低くなるのと、ぱんっ、という破裂音と共に、四方の壁が消えるのがほぼ同時に起こった。外は闇だ。 「なるほど、上手く作り込んだな、直」  恭一郎さんだ。後ろに控えているのは、宮野さんと、井川さん。『森と結界の守護者』の中でも熟練の三人だ。みんな、白いローブに身を包んでいる。  「……セバス、対抗用の魔法陣を全て準備しろ」  形を影に変え、近くに控えていた使い魔に小声で指示を与える。 「直様っ……承知致しました」  一拍の逡巡の後、セバスが離れた。本当は止めたかったのだろう。いかに魔力量が多くとも、いま以上に複数の魔法陣を同時に発動させるなど、正気の沙汰じゃない。  僕はどれくらい持つだろうか。  いけるところまで足掻いてみよう。きっとこれで最後だから。 「我々がここに来た目的は、分かっているね?」  恭一郎さんが、静かに僕に問いかける。 「……はい」 「言ってみなさい」 「他者に対し、不必要に魔法を使い、『相手の望まぬことをしてはならない』の教えに背いたこと。かつ魔女の在りよう、魔女の魔法について、魔女と関係の無い者に対して語ったこと。  以上の行為に対する僕への制裁と、この場の魔法陣の取り壊し、当麻への処置、です」 「お前の想像力はその程度か」  恭一郎さんは、ふうっ、と息を吐きながら首を横に振った。 「お前のやったことで発生した影響は、教員や学生、その親、その所属する会社、そこに関わる人々、広範囲に及んでいる。この場所が魔法で使用できなくなったことでどれだけの人が迷惑を被ったと思う?  お前は、お前の想像以上の人数の者を巻き込み、『相手の望まぬこと』をしでかしたのだよ」 「でも! 授業中は使用できるようにしました、使えなかったのは放課後から朝にかけてだけだし」  しかも使えないのは学生だけだ。被害は必要最小限に抑えたつもりだし、放課後使えなくしたのは、当麻とふたりきりになる環境を作る為にわざとやったことだ。それを否定されたら……いや、ダメだよな。  一瞬頭に血が上りかけたが、すぐに引いた。  そうだ、ほんとは何もかも全部、やっちゃいけなかったんだ。 「言い訳は不要だ。お前にも、意味の無いことだと理解できているのだろう? 全くおかしなものだな。これまで反抗ひとつせず、諾々と従ってきたお前が」  ちらりと、恭一郎さんの視線が当麻に移る。 「お前に、この結果の弁償が出来るか? 出来無いだろう。承知した上でやっていたのなら、お前は無責任過ぎる。まあ、今回の件では、厚意でほうぼうに手を回してくださった方がいたお陰で、最悪の事態は避けられたがね。  それにもし、彼の身に何か起きていたら、お前だけの力でどうにかできたのか? いまのお前では、責任を取ることなどできはしまい。  しかも、使用された魔法の痕跡から察するに、そこの彼に、かなり酷いことを強要していたのではないか?」 「そっ……!」  当麻が何か言おうとするのを、掌を翳して止めた。 「今回のことは、断じて許さない。失望したよ、直。  処断の内容を言い渡す。即刻、周央直自ら魔法陣全てを解除し、消去せよ。また、そこの彼の記憶を書き換え、彼自身の時間を返す。こちらは、我々三人で行う。そして直、お前がこの学校に通うのは、今日で最後だ。『森と結界の守護者』からの追放、親カヴンでの修業の話を早急に進める。元々お前に与えた猶予は、高校生活一年間だけだったのだから」 「駄目だ!」  当麻が、今度は僕の腕を退けて、前に出る。 「記憶を消さないでください、絶対に、消さないで! やっと、やっとこれまでのこと思い出せたのに!  それにまだ知らないことがたくさんあるんだ、まだ……直、周央と、話し合いの途中です、どうか、周央を連れて行かないでください!  酷いことは一切無かったし、強要されてもいません! 俺が望んでやったことです、周央は何も悪くない! それでも周央に責任を課すと仰るのであれば、俺にもそうしてください、お願いします!」  当麻は深々と頭を下げる。 「では君は、巻き込まれたのではない、自ら望んでいた、と?」  勢いよく頭を上げ、答える。 「はい、全部俺の意志です。だから、記憶を消さないでください。周央を、俺から離さないで……」  恭一郎さんは手を掲げ、再び当麻の言葉を遮った。 「ふむ。君がどれだけの事情を知り、どれだけ現状を把握しているのかは知らないが、君に関する希望は考慮しよう。それは、君自身のことだからね。  だが、直のことは、直自身のことだ。魔女、そして、カヴンのことだ。直の責任と君個人の感情は、別物だ」  杖が差し出され、その先が僕に向けられる。 「口出し無用」

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