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The place where you go あなたの行く場所1

 青い光に包まれた。  あ、と思った次の瞬間には、もう家のベッドにいた。いつもの起床時間より二十分程早く目が覚め、どこにいて、何時なのかを認識する。  直の養父、恭一郎さんは、本当に俺の希望を叶えてくれたらしい。  全部、憶えていた。直の美しい姿を、声を、匂いを、肌の感触を、甘い味を、痴態を。重ねた交歓の全てを、そしてその結末を。  俺は布団に顔面を押しつけて、大声で泣いた。叫び声と涙を布団に吸収させながら、直みたいに、いや直よりもっと激しく、思いつく限りの悪態を吐く。早く目覚めた二十分間、大いに泣いてやった。  で、いつもの時間通りに支度を整え部屋を出る。目が赤かったのか、リビングで家族にドン引きされた。どうしたと聞かれて、 「悪夢を見た」  と答えた。現在進行形で見ている、の方が正解だが。  いま目の前にある現実は、俺にとって悪夢だ。  朝礼の時間。直どころか、担任の末田先生がなかなか来なかった。  ようやく来たと思ったら、教壇に立つなり、 「突然ではあるが、周央が、昨日付けで学校を辞めた。委員長、後で周央が座ってた机と椅子、職員室に持って来い。残ってる荷物は全部、昨日処分されたそうだ。机もロッカーも、空になってるはずだ。  その他は全員来てるな? よし、皆元気、以上終わり!」  不機嫌さを隠しもせず、さっさと出て行ってしまった。  目に見える変化は、それだけだった。極々普通の進学校の日常が、穏やかに過ぎる。  俺は、どうしたら良いのだろう。  毎朝二十分早く目を覚まし、大泣きして部屋を出る。何でもないフリをして、直のいない生活をやり過ごす。でも気づけば俺は、学校内の至る所に直の痕跡を求めてしまう。下駄箱、階段、廊下、教室内、トイレ、校庭。  それから、体育館裏の倉庫。普通に行けるようになっていた。  木曜日、体育委員担当の中山先生に呼び止められ、掃除当番お役御免を言い渡された。 「保護者の方から、もう使えるんじゃないかと連絡が入ったんだ。三年生を数人連れて確かめに行ったら、あの不思議な現象が本当に止んでてな。いやもう良かった! 長々と頼んで悪かったなあ」  中山先生はでかい声で、ばしばしと背中を叩いてきた。 「……いえ」 「周央はいなくなったからお前ひとりだが、何か礼とか、欲しいか?」  上書きで使われた記憶のことは、うっすらと覚えていた。直と共に体育館裏の倉庫へ行き、ふたりして黙って周りを点検して、掃除をして帰る。でも本当は掃除なんて、一回もしていない。 「いりません。貰う資格も無いし」 「そうか、当麻は謙虚だな!」  謙虚とは、全く違う。  中山先生は、ありがとなあ、と言い置き去って行った。  直がいない。  俺は、直の行き先を知らない。  きっと手の届かない、俺には一生縁のない、魔法の世界にでも連れて行かれてしまったのだろう。  俺は一体どうしたら。いや、もうどうしようもないのかもしれない。  金曜日、終礼の後。 「四日」  委員長がばんっ、と両手で俺の机を叩く。勢いに押され、若干仰け反った。 「四日、待ってあげたわ」  見ると、委員長の後ろに斉藤も控えている。 「ねえ、そろそろその精神的引き籠り、飽きてこない?」 「てか、似合わねえし」 「……お、おお」  そうだった。このふたり、俺達のこと見ててくれたんだった。 「話、するわよ」  断る理由もなく、ふたりが俺の近くの席に座るのを、黙って見ていた。  他のクラスメイトがいなくなるのを見計らう。 「てかさ、あー! 何で? 何でこんな展開になるのー?」 「……委員長、荒れてるな」  委員長は、机に頬を押し当てて、足をバタバタさせる。斉藤は頬杖をつき、委員長を眺めていた。 「で、何でお前はこんなに落ちてんだ?」 「……俺ガチで、愛してるって言ったんだけど」 「言ったのか! すげえなお前見直した」 「え、なのに何でこんなことになったのよ! ちゃんとストレートに言った? 婉曲過ぎて伝わってないとか」 「いや、それは無い、と思う。最後辺りは分かってくれたように見えた、たぶん、恐らく」 「ほーう、協力してあげたのに、確証がない、と。あ! じゃあ当麻君が不能で」 「おい」 「つまらぬテク」 「委員長」 「味気ない」 「やめろ委員長それ以上俺をいじめるな、目から汗がとめどなく溢れ出すぞ」 「当麻君は大丈夫でしょ、あんまり心配してないわ」 「お前は逞しいからな。どうにでもなるだろ?」 「考え込むよりやってみるってタイプだよね。んで、勘が良いから結構正解の方引き当てて、人生上手くやるタイプ」 「ああやだやだ、人生イージーモードか!」 「挫折を知らないタイプ」 「ポッキリ折れちまえ、折れちまえよ」  言いたい放題だ。いま現在、まさに折れてんのに。  で? と委員長が顎を机に乗せたまま聞いてきた。 「月曜の夕方、何があったの?」 「それは……」  俺にもよく理解できていない部分がある。ふたりに話せないこともたくさんある。俺が黙り込んだからだろう、委員長が居住まいを正し、 「ね、最初当麻君のこと誤解してて、ほんと、ごめんね?」  委員長が改めて、謝罪してきた。 「いや、俺の方が悪かったんだ、ごめん」  直への気持ちをはっきり自覚したせいだろうか、あの時よりも、わだかまりなく謝れた気がする。 「周央君、当麻君のことが好き、ていう以外に、ちょっと切羽詰まっているというか追い詰められている感があって。心配だったから、少し先走っちゃったのよね……ていうか! あー」  委員長が再び机に突っ伏して、足をばたつかせる。 「落ち着け、委員長」 「だぁーって、懐柔作戦敢行中だったのよ? 友達に……親友になれると思ってた。自信あった、すごく。当麻君を見てるあの子が、本当に可愛くて、苦しそうで。  そりゃ、ちょっと興味本位な部分があったことは否定しないわよ。でも、友達になれたら少しでも、苦しみを軽くしてあげられるんじゃないかって、本気で思ってたの」  委員長は、ゆっくり顔を上げた。 「私、末田先生からある程度、家庭の事情聞き出してたんだ。あの子、施設で育って、本当のご両親はどこの誰かも分からないんだって」  恭一郎さんは養父、と言っていた。それらしいやり取りもあった。なるほどそういうことだったのか。  もっと本人から聞いておけば良かったと、今更ながら思う。 「お母さんみたい、って周央君に言われた時、死ぬほど泣きそうになったわ、ほんっと……もっと早く、声をかければ良かった。大事にしてあげたかったなあ」  思い出したのだろう、ぽたぽたと涙が零れる。ハンカチを取り出してささっと拭いた。 「……あのさ、委員長、やっぱ周央の事好きなのか? その、恋愛的な意味で」 「バカね! 可哀想で、可愛い相手に恋愛感情持つわけないでしょ? 少なくとも、私の中では対象外。そうね、妹に対する感覚に近いかも」  委員長は、背筋を伸ばし、椅子に座り直す。 「私は、友達として、周央君に幸せになってもらいたいの。でも、幸せにしてあげられる相手は、私じゃないのよ、当麻君」  対して俺は、どんどん背中が丸まっていく。 「でも、もしかしたら周央は、俺に会いたくないかもしれない。すっげえ遠くへ行って、俺のこと忘れて、幸せになるのかもしれない」  俺にそうなれと、直自身が望んだように。 「どうしてそんな」 「巻き込んでごめん、さよならだ、って。連れて行かれる前から、覚悟決めてたみたいだったんだ」  ふらふらになっていたのも関係してたのかもしれないが、最後に直は、魔法を発動させなかった。 「俺のこと、諦めたんだと思う。しかも、凄え人が介入してて。どこに連れて行かれたのか、見当もつかない」  それが一番、俺の心を重くする理由だ。  あの時、恭一郎さんが言ってたことは間違っていなかった。俺達の方が間違っていたのは明白で。  正しくて圧倒的な力を持つ魔女らしい、恭一郎さんが下した決定。直は受け入れた。罰せられるのを、待っていたようにも思えた。  それを、俺なんかが覆せるのか?  いる世界が違いすぎる。俺には、直と引き離される結末が、変えられるとは思えない。  委員長は、はー、と長く息を吐いた。 「周央君、詳しく説明してくれなかったけれど、自分のせいで、って、繰り返してたわ。自分のせいで、当麻君に無理強いしてる、そのことで起こった変化が、当麻君を困らせてるし、これからも困らせ続けるかもしれない、当麻君が、自分を好きかどうかも確認していないのに、って」  直。無理強いなんかじゃなかったよ、全部。 「なのに自分を止められなくて辛い、って。好き過ぎて辛いんだって」  本当に、言葉にして伝えるのが遅かったんだ。俺のせいだ。 「当麻君が周央君のこと、不安にさせてるのがいけないんじゃないの? って聞いたら、違う、自分のせいだからってまた泣いちゃうの」  ぽたぽたと落ちる雫に、ハンカチがせわしなく動く。 「ここまで周央君に言わせてるのも、泣かせてるのもあなたなのよ、当麻君! ねえ、諦めないでよ! 当麻君以外、誰があの子の涙を止められるの? きっといまも泣いてるんだから、あの子」 「……うん、そうだな」 「絶対動けなくなってるの。ひとりで囚われて、蹲って、泣くのよ。この先もずっと動けないわ」  そうだろう、直は委員長以上に、泣き虫だから。 「凄い人がいるからって、その人を言い訳にして諦めるのは、泣いている周央君を放置するってことよ。後悔しないの!?」  後悔、めっちゃするだろう。何もせず全て恭一郎さんのせいにするなんて、ダサすぎだ。本当に大事なのはそこじゃない、直が泣いていることなのに。 「本当にそれで良い? このままで良いの?」 「駄目だ」  直にもう一度伝えなくては。伝えて俺は、涙を止める。 「これ以上弱音なんか、聞かないんだからね! きちんと周央君のこと、幸せにしてもらうわよ!」 「ああ、俺やるよ、委員長」 「私、できる限り手伝うから」 「俺も可能な範囲で協力してやるよ。面白そうだし」  面白そうは余計だ。でも、 「ありがとう、ふたりとも」  三人で頷き合う。そんな空気に、 「てか、ヤることヤってんだから、ちゃんと責任取りなさいよね!」  照れ隠しなのか、委員長が大きな声でぶっちゃける。ああ、やっぱ気づいてたか。周央、どんなこと言わされてたんだろう。まあ、気づいてなければああいう本は、貸してくれないよな。 「はぁ……えっ、えっ!? 待て、お前ら最後までヤってんの?」  斉藤は真っ赤になり動揺する。こいつはどこまでを想像していたんだろうか? ちょっと面白い。 「察しが悪いな」  にやりとすると、委員長も一緒に笑ってくれた。 「ほんと、察しが悪い!」 「察しの良い斉藤、どこに行っちゃったんですかねえ?」 「いや、ちょっと想像超えてて驚いたというか何というか、すまん……俺、どうやら仲が良過ぎる友人辺りで止まってたらしい……いや、だよな、そういうことに、なった……」  しどろもどろの斉藤は、しかしすぐに消えてしまった。 「ん? おい、じゃあちゃんと最後まで責任持てよ当麻! お前は周央の事情を知ってるんだよな? 魔女のこと教えてくれって俺達に頼んできたの、関係してるんだろ?」 「……黙秘する」 「そこを攻めるのはやめましょ、斉藤君。当麻君じゃなくて、周央君に関わることみたいだし」 「じゃあどうするんだ、委員長?」 「まあ、まずは正攻法で行くのが、妥当だと思うのよ」

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