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The place where you go あなたの行く場所2
職員室へ行くと、先生が数人残っていた。
「何をうろついている、部活が終わったのであれば早く帰りなさい」
出入り口付近で通りすがりに、国語の梶原先生が注意してきた。
「ああ、すみません梶原先生、私が呼んでたんですよ。おー、お前ら待ってたぞ、こっち来いや」
末田先生は、俺達と梶原先生の間に上手く身体と台詞をねじ込ませる。そのまま廊下に出て歩き始めたので、俺達もそれに続いた。目的地は同じ階の、少し離れた場所にある数学準備室だった。
準備室に入るなり、委員長が勢い良く尋ねる。
「先生、私達のこと、待ってたって」
「来ると思ってたから待ってやってたよ。つか、考えてたより遅え」
「それは当麻が」
「当麻君が」
「おい随分あっさり売りやがったなふたりとも」
先生は、はいはい、と言いながら手を振った。
「それはさて置き。念の為確認だ、お前達、周央の行方が知りたいんだな」
「俺は、できれば会いたいです」
「先生、情報は!?」
「すまんが、まだこれといったものは入手できてない。ただ、心当たりはある。確認はしてみるけどなあ。あんま期待はするなよ」
先生は、机の引き出しを開け、ごちゃごちゃした中からタバコの箱とライターを取り出した。
「先生も、当事者ではないらしいからな。担任なのにな! おもしれーよな、担任ってなぁ、子どもの一年を、責任持って世話する仕事のはずだよなあ」
「それで、先生もイラついてたのね」
「いやいや可愛らしく凹んでんだよ、全部頭の上通過してさ。何の説明もないまま生徒がひとり消えて終わりって! これで腹の立たねえ担任なんて、糞食らえだっつー話だよ畜生が」
かちかちっ、とライターを点火する音。なかなか火がつかない
「先生」
「あん?」
「タバコ」
「あ、やべっすまん」
委員長に指摘され、先生は慌ててそこいらに置いてあったコップにタバコを突っ込んだ。無意識だったのか。
「まあ、あんま期待しないで待っててくれや。まあ、ちーとは頑張ってやるからさ」
俺達は、よろしくお願いしますと挨拶して、数学準備室を出た。
「あれは、すっごく頑張ってくれそうだわ」
「そうなのか?」
「うん、私にとっては去年からの担任だから。あれは死にものぐるいでどうにかしてくるパターンね」
「待とう」
斉藤が、ぽんと俺の背中を叩いた。委員長も、真似して俺の背を叩く。ばしっと音がするくらい思いきりだったが。
それから一週間後の、金曜の終礼後。
「当麻ぁ、帰りがけ数学準備室に来い。お前ひとりだ」
末田先生から声をかけられる。クラスメイトの大半から不審の目で見られる中、
「教室に残っておくから、報告しなさいよね!」
委員長から厳命され、送り出される。
どうして俺ひとりなのか。その答えは、意外な人物から明かされた。
「……岬先生?」
数学準備室には、末田先生ではなく、去年一年間見慣れた後ろ姿の女性が立っていた。肩までの長さのふわふわの髪。少し背が小さくて、柔らかそうなフォルム。俺の呼びかけで振り向く。やっぱりだ。一年の時の担任で、留学先のイギリスへ帰る為に学校を辞めたはずの、岬先生だった。
「お久しぶり、当麻君」
「お久しぶりです……って、どうして。イギリス留学、終わったんですか?」
「まだよ、まだ途中。でも、必要とされるのは知っていたから、日本での他の用事もこの時期にずらして、一時帰国してきたの」
どういうことなのだろう。
「わたしも魔女なのよ。先視 ができるの」
魔女で、
「サ、キミ?」
聞き間違いか? 岬先生は、いたずらっぽく笑う。
「名前と合わせるとダジャレっぽく聞こえるから、あまり人に言いたくないのよね。先視っていうのは、未来を視ること。方法は色々あるわ。カードを使ったり、星や水晶、水鏡の中に視たり、予知夢を視たり。白昼夢……昼間、何の脈絡もなく突然イメージが視える人もいるわ。わたしはそれね。コントロールがかなり難しくて、視たいものを必ず視られるというわけでもない。ほんの一瞬、画像だけしか視れないことがほとんどだし、偶にとんでもない時に意識が持っていかれるから、少し厄介」
なるほど、魔女関係の話だから、俺ひとりの呼び出しなのか。
「全然動揺しないのね、当麻君。わたしが魔女で、先視をするっていうのは信じてくれるのかしら?」
「はい」
俺は即答した。あんなに魔法を目の当たりにして、魔女や魔法、先視を否定する方が難しい。それに、クラスメイトが魔女でおじさん達も魔女を名乗るなら、目の前のこの女性が魔女であってもおかしくはない。見た目だけで判断するなら、いままでで一番納得がいく。
いや、見た目だけじゃない。魔女とは関係無いのかもしれないが、この人には何か、人を惹きつける不思議な魅力がある。
「うん、良いお返事」
先生は微笑んだ。
「さて当麻君。わたしを信じてくれるなら、伝えるわ。気を落ち着けて聞いてちょうだい」
俺は頷いた。
「わたしは恐らく、当麻君と周央君、ふたりの運命の分岐点を視たの。分岐点となるのは、学生時代。運命が交わるのを、受け入れるか受け入れないか。
それから、貴方達がまだ出会う前だったからだと思う、運命の交わりを、受け入れなかった場合の未来のイメージを視たわ。
わたしは、いまロンドンの大学の予知予言研究室で、未来で起こるとされている、ある大きな事件の調査をしているの。貴方達は、その事件で発生するたくさんの被害者の内のふたりとして映し出された」
「え、あの」
気になる部分が満載だ。言葉を挟もうとした俺を、先生は掌を向けて静止する。
「……詳しくは話さない、とにかく最悪の状態だった。そして学生時代、運命が交わるのを受け入れなかったことをとても後悔していたの、ふたりとも」
岬先生は遠くを見つめながら話す。視たイメージを思い浮かべているのだろう。
「もちろん先視は未来のことだから、状況や環境によって内容はどんどん変化していく。ふたりが後悔する未来なんて、本当は来ないのかもしれない。でも、あんなのわたしは絶対に嫌だったから。ごめんね、勝手しちゃって」
俺は首を振る。先生が言葉を切ったので、俺は疑問のひとつを投げかけた。
「分岐点、っていつのことですか?」
「一年生の春。貴方達の運命を、時が一番重ね合わせてくれた時期」
「まさか、成績貼り出しの時?」
貴方達、ふたりでひとりなら、と先生が言っていた。
「そう。あれが最大のチャンス。そして貴方達はチャンスを掴み、お互いが相手との縁を繋ぐために動いた。だから安心して頂戴、貴方達が事件に巻き込まれる未来はもう視なくなったわ。
なのに……周央君が少し頑張り過ぎちゃうイメージを視た時にはびっくりした。慌てて高校に連絡を取ったら、既に体育館裏の倉庫の騒ぎが起きていたの。イギリスでの研究を再開したばかりだったから、すぐこちらに引き返すわけにはいかなかったのよ。せめて被害が少ないようにと、各方面に協力を要請したわ。もちろん内容は伏せてね。外部では、騒ぎにはならなかったでしょ?」
「先生だったんですか!」
恭一郎さんが話していた、厚意でほうぼうに手回しをしてくださった方がいた、というのは。
「わたし、もしかして余計なことしちゃったかしらと、不安になったの。きっかけを作ったことで、ふたりを大変な目に遭わせたんじゃないかって。ごめんなさいね、少しでも罪滅ぼしになればと思って」
「いえ、きっかけをもらえて感謝してます。それに俺はきっと先生のあの言葉が無くても、どこかで直に声かけてました。あの時よりも前に、絶対に俺、直に惚れてたから」
言ってて頬が熱くなった。でも、本当のことだ。
「そう、そう言ってもらえて良かったわ」
ん、ちょっと待てよ?
「……あの、先生。直が頑張り過ぎる未来になってるって、どういうイメージを視たんですか?」
「ええと、あれはねえ、周央君が、周央君のお父さんと争っている姿ね。貴方を庇いながら、ふらふらだった」
ふう、と心の中で息を吐く。何に感謝すれば良いのか知らないが、その部分で感謝だ。情事の最中だったら、先生はこんなに冷静に話ができなかっただろうし、こういう展開にはなっていなかっただろう。つか、最中とか見られたら普通に死ねる。
「じゃあ、最後に確認。当麻君は覚悟出来てる?」
「何のです?」
「こちら側に来ること。この先に進もうとするならば、どうしたって魔法の世界に関わりを持つことになる。普通の生活は送れないかもしれないわ」
「引き返すつもりはありませんよ、俺。もうあんなにたくさん、いろんな魔法見たし、実際にかけられたし。正直ちょっとびびってますけど、でもそういうの引っくるめて俺は」
直にかけられた魔法、猫頭の執事、恭一郎さんと直の攻防。そんなものより、直の表情、息遣い、声、滑らかで甘い直。泣いていた直、そしていまも泣いているかもしれない直を思い浮かべた。
「その先の直を、求めます。覚悟はできてる。何処へだって行くつもりです」
「そう、良かった」
岬先生は、満足げに頷く。さてと、と末田先生の机の上に置いていたバッグを手に取った。
「では、最終確認が出来たところでそろそろ行きましょうか? 時間が迫ってる」
「どこへです?」
「車の中で話すわ。ひとまず荷物を持って、靴を履いて、校門前に来て」
「分かりました、また後で」
俺は準備室を出て、暗い廊下を走る。教室で待ってくれていた斉藤と委員長には明日話すからと詫びを入れ、カバンを取り、靴を履いて校門前へ。既に先生の車は校門前で待機していた。お邪魔します、と助手席に座る。
車はすぐに発車した。
「車で五、六分くらいのところだから、すぐに着くわ。
何から話そうかしら……周央家というか、周央君のお父さんはちょっと特殊なの。
周央君が所属している『森と結界の守護者』は、請け負う仕事の関係で、権力的に高い地位にあるカヴン。もちろん魔力も強くて、ほとんどのメンバーが二十代から四十代と若手にも関わらず、名を知られた魔女ばかりよ。そんな『森と結界の守護者』を若干十九歳で立ち上げ、いまも統率するのが周央恭一郎氏。魔女は血筋でなるものではないとは言うけれど、一代であれ程の力を持つなんて、相当なものよ。まあとにかく凄い、って話。
で、『森と結界の守護者』は、同じ宗派の原初のカヴンへメンバーを修行に行かせて、強さを身につけさせるらしいの。周央君も、高校一年を終えたら修行に行く予定だと聞かされていた。だからわたしは彼を見守るために教育委員会から一年契約で雇われて、期間満了で留学先のイギリスに戻ったというわけ」
「教育委員会?」
「ええ。まあ、正確に言うと、政府の中にある”術師対策室”からの要請ね。魔法を使える者が学生の間は、そのクラスの担任もまた、その関係者がなるべきである、っていう隠し規定みたいなものがあるの。問題が起きた時、対処しやすいようにね。尻拭いは同族でやれ、って意味でもあると思うわ。
まさか周央君が二年に進級するとは誰も思っていなかったから、いろいろと手配が間に合わなかったみたいね。全く、術師対策室って何かと口出しはしてくるくせに動きはほんっと遅いんだから……」
あら、と先生は呟いた。
「話が脱線したわね。とにかくあの子は、元々二年に進級する前に原初カヴンへ修行に行く予定になっていて、まさしくいま、そこにいるわ。わたしが留学しているところでも、それっぽい噂が届いているから間違いないと思う。
カヴンが全く違うと、確たる情報がなかなか手に入れられないのよ。それもこちらに来るのに時間がかかった要因。詳しくは、いまから会う人に確認してね」
原初カヴンに修行、なるほど。確かに親カヴンでの修行と聞いた気がする。
「あの、先生」
「はい、何でしょう当麻君」
「もしかして、直がいる場所はイギリスで、いまから行くところって」
「あら、きちんと言ってなかったかしら、ごめんなさい」
ふふふふ、と先生は可愛らしく笑う。
「それにしても相変わらず察しが良いわね! そう、周央君がいるのは、わたしと同じイギリス。とはいっても、わたしがいるロンドンよりもずっと北の方。とーっても田舎。で、いまから行くのは周央家。周央恭一郎氏に会ってもらうわ」
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