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The place where you go あなたの行く場所4

 スコットランドの田舎の、更に田舎。周りは森と野と川と、畑と牧場ばかり。人口より家畜の方が多い、まさしく絵に描いたような田舎だ。  修行に来てから約三ヶ月。日々は単調に過ぎていく。  僕は親カヴン『森の守り手』所属の一家、グラント家にお世話になっていた。グラント家は、おばあちゃんのダイアナ、その娘でカヴンのプリースティスであるパトリシア、その更に娘のスーザン、お父さんのダニエルの四人家族だ。  朝起きてジョギング、シャワーを浴びて朝食を食べる。午前中は外部から家庭教師を招いて勉強。昼食をはさんで午後からは魔法の授業。ダイアナが先生だ。日が落ちると、月の満ち欠けとその時に必要とみなされた魔法との兼ね合いで、カヴンのメンバーが集まり、儀式をしたりしなかったり。グラント家の人間だけで儀式をすることもある。  ローマ神話の月と狩猟の女神の名を持つ、ダイアナは僕に言う。 「魔女宗(ウィッチクラフト )では、女神、男神を信仰し、その力を借りて術を行う。うちのカヴンでは、森の女神を主に信仰しているのは、分かっているね?  魔女の魔法を使う時には、森の女神だけではなく、古くから信じられている、たくさんの女神や男神の中から、願うものに合った神の名を呼び、詩を捧げる。  スコットランド(こちら)で魔女の魔法を使うなら、お前はこちらの女神、男神の名を学ばなければならない。  何故か。  日本とスコットランドでは、人々の気質、育む文化、信じてきたもの、伝説、物語、世界の成り立ちを伝える伝承……たくさんの違いがある。  その土地に根差した女神、男神の名を呼び、彼らに助力を願う方が、力を得やすいし効力も上がる。 『遠くの神より近くの神、知らぬ道具より知る道具』さね。  でもね良いかい、覚えておくんだ、ナオ。  名が違おうと、用途が違おうと。  他の地の人々が祈る先も、私達が祈る先も、ずーっと辿れば同じ神、同じひとつの女神だ。  全部同じ、ひとつの真理。  ……ぴんと来ないかい?  そうだねえ、そのうち分かるさ」 「日本とスコットランド、魔法に使用する樹木や植物が違うことがあるのは、認識できているね?  何故か。  土地、気候が大きく異なるからだ。  他にも違うところがある。向こうとこちらでは、四方、東西南北、それぞれに自然や色、身体の部位等を当て嵌めて術を行うことがあるが、その対応するものと方位が違う、だろう?  違いを認識して、何がどのくらいの効果が出るのか、自分が何を求め、それをどう利用すれば最大の効果を得られるか。逆に、何が効力を失い、最小の効果しか得られないか。自ら体験して、記憶していく。  そしてこれも忘れちゃならない。女神の名と同じさ。違いはある、でも、求める先は一緒。  ……難しいかい?  そのうち、そのうち。  そのうち必ず、ナオにも分かるさ」  日本で魔法を使う時、女神や男神の名をはっきりと意識したことはなかった。術を行う際、具体的な神の存在を、祈る先を思いながら術を行う、という風に教えてもらったことは無い。  カヴン『森と結界の守護者』のメンバーは、必ず一度はダイアナの下で学ぶと聞いている。僕に伝えなかっただけで、みんないつも神の名を念頭に置きながら詩を詠っていたのだろうか?  カヴン『森の守り手』が長く住む土地の近くの森の女神、アデイラ=コリェ。対する森の男神は、雄鹿の姿を持つケルヌンノス。  夏と冬に対応する神もいる。『森の守り手』では、冬は女神ベーラ、夏は男神アングス。別の地域では、違う名になるのだという。  他にもケルト神話や地域の伝承に登場する神々の名を学ぶ。完全に知識ゼロからのスタートだし、数がやたら多い。いまだに全容が掴めておらず、果てしない。  柊や樫、ニワトコは、日本にいた時、自生しているので見たことはあるし、採りに行ったこともある。自生していないものは、使わないか、販売されているものを購入していた。  では、詠いの中によく出てくるハリエニシダとは、そもそもどこに自生し、どういった形状をしていて、どんな効力を持つのか。  アイビーは? スロー、ヒースは?   日本にも自生している種類で、こちら独自の種類があったら? セイヨウサンザシ、ヨーロッパイチイ、セイヨウハルニレ。  実際に自生している場所に連れて行かれ、直接触れて、葉や枝、樹皮を採取して持ち帰る。  樹木だけではない。グラント家の裏庭には、大きなハーブ園と温室がある。使ったことはあるのに、生えているのを見たことがないメドウスイート、アルラウネ、フィーバーフュー、ブラダーラック、ガランガル、ミスルトー、ホアハウンド、ギレアドバルサムノキ。たくさんのハーブが、畑と、ガラス張りの温室に所狭しと育てられている。  特に毒性の強いもの、例えばジギタリスがひょいとそこらに育っているのにはびっくりした。  普通には取り扱えないもののはずなのに、それもまた、自分で触れてどれほどの注意が必要なのかを実地で試せと指示を受け、戦々恐々としながら確認する。結構スパルタだと思う。悲しいかな、未だ生傷が絶えない。  採った樹木やハーブは、魔法陣を使う儀式やまじないに用いたり、薬にする。また、乾かしてしてサシェやお守りにして持ち歩いたり、お風呂に入れたり煎じて飲んだり、様々な用法を試みる。  日本では、ただ教えを受け、教わった通りにしか扱ってこなかったから、凄く新鮮で、大変だ。  挑戦と調整、観察、調査。それの繰り返し。毎日、化学の実験を行っている気分になる。  魔女は、自分専用の魔導書を作成するのが習わしだ。最初は真っ白のノートに、自ら体験したことを書き込んでいく。観察日記のようなものだ。  日本でも書いてはいたが、こちらに来た際、パティから皮のカバーつきの分厚いノートを貰ったので、それを使っている。  本来ならば、体験したこと――どのような魔法陣で、どんな詩を詠い、どういう流れで魔法を行ったか。採取したものをどう扱い、加工し、使用したか――だけではなく、その時に湧き起こった感情も記述していかねばならない。 「ナオのは、いっつもしたことばっか! どう思ったかが、書いてないじゃん、さぼりださぼり!」  時折スーザンに責められるが、僕にはどうしても、感情を書くことができなかった。感情を書いているうちに、触れたくない部分にまで、意識が向きそうになるからだ。  ダイアナはそんな僕を放って置いてくれる。 「書きたい時に書きゃいいのさ。別に書かなかったら死ぬってわけじゃなし」  ほっほっほっほと笑う。

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