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The place where you go あなたの行く場所6※

 落ちていく感じは止まったのに、相変わらず闇の中だ。  僕はいつの間にか、手足を動かしていた。多分、歩いている。自分のことなのに、自信が無い。  目を開いているのか、閉じているのか、自分の動作を自分が認識しているのかすら、こんな真っ暗な中だと判別できない。  僕はどこへ行くのだろう。  いや、もう立ち止まっている? 歩いている? どっちだ。  パティ、こんなんで、どこへ行けって?  気づくと、遠くにぼんやりと灯りが見えた。揺らめいている。キャンドルの灯りみたいだ。それと……人影?  ……誰かいる!  心臓がどくんと跳ねる。あの後ろ姿。いや、いやまさか。  リーイィィィィィィィィン。  人影が放った音は、間違いなく『森と結界の守護者』の鈴の音。  夢だ。  きっと僕が望むのは許されないから、見たくなかった夢。でも、死ぬほど見たかった夢だ。 「あ、らた……新太、新太ぁ!」  僕には、彼の名を呼ぶ資格は無いと思っていた。  結局本人の前では口にできなかった彼の名前を、あらん限りの声を振り絞り、叫ぶ。  そうして、思い切り走った。  夢の中の新太は、白いローブ姿で、腕を広げて待ってくれていた。勢いよく飛び込み、その勢いを弱める為か、僕を抱き留めたままくるくると回転した。 「新太! これ、夢かな? 夢だよね?」  僕の両足が浮いているのを、新太はとても大切そうに、ゆっくり地面に下ろす。ぎゅ、と抱き締められ、頬擦りされた。 「僕、僕ね、新太のこと好きだった、大好きだったんだ。ずっと、ずっと一緒にいたかったのに」  ああ、新太。全部伝えられるまで、夢が醒めなきゃ良い。 「自分で、ダメにした」  零れ落ちた涙を、新太が指で拭ってくれる。 「新太が僕のこと好きになってくれるわけないし、理解もしてもらえないって思ってた。でも、もっと深く繋がりたいって気持ちで、どうしようもなくなって。心も、身体も。  だからせめて、身体だけでも繋げたくなった。憶えててもらえなくても、僕が、僕だけが憶えていれば良いって思ったんだ。僕だけの新太を」 「直」  ああ、新太の声だ。ずっと聞きたかった声。 「でも、後悔した。記憶を無くした新太を見るのが、辛くなった。思い出してもらえた時はほんと嬉しかったのに、また消しちゃった。勝手して、ごめんね」 「直」 「バカなことばっかりしてた。最後も間違っちゃった。愛してるって言ってもらえて、本当に、死ぬほど嬉しいって、伝えれば良かったんだ」 「直」 「僕の方が新太を愛してるんだって、新太しかいない、他には何もいらないんだって……んっ」  唇と唇が優しく重なる。 「聞け、直」  唇を離し、目を合わせる。 「愛してる。もっと早くに気づけば良かったんだ。そういう発想が無かったからなんて、言い訳だ。一目惚れだった、俺の方が、先に好きになったんだ。  愛し方も愛され方も不器用な直が、愛しくてしょうがなくて、もっと想いが募った」  キャンドルの灯りが新太の瞳に映りこむ。まるで新太の心が燃えているみたいだ。 「納得してもらえるまで、何度でも言う。直、愛してるよ」  僕は幸せでこんなにも、泣けるものなのだと知る。  ありがとうみんな、こんな素敵な夢を与えてくれて。この場限りの偽りの記憶でも、とてもとても幸せだった。  きっと目覚めたら、新太がいない現実に向き合うことになって、喪失感でまたヘタれるだろうけれど、ここで得られた気持ちを糧にして、ちょっとずつ前進していける。  だからいまだけ、いまこの時だけは泣かせて。  僕は声を上げて泣く。頬がぐちゃぐちゃに濡れる。  指で拭っても、拭っても落ちてくるから、腕までぐっしょりだ。  気づくと、夢の中の新太は、僕が泣いているのをそのままに、ワンピースに手をかける。何をしているのだろう? 僕は裸にされた。 「……んっく」  涙が徐々に止まり、しゃくり上げだけが残る。  ぼんやり眺めていると、新太自身も、白いローブと、その下に着ていた白いワンピースを脱ぎ、裸になる。  僕の夢の中の想像力、貧弱だな。白いローブは『森と結界の守護者』、ワンピースは『森の守り手』と一緒だ。新太も下着、着けてなかったし。  少しおかしく思えて、ふふっと笑ってしまった。新太はそんな僕を、いきなりお姫様抱っこで抱え上げた。  魔法陣の中へ運ばれ、降ろされる。  新太は、僕らがいま通った辺りの魔法陣の縁まで戻り、右手を使って下から上、横、上から下へとなぞっていく。発動中の魔法陣の出入りの方法のうち、戻ってきた時にやる仕草。出る時には、ナイフで縁を、同じように切り取る。  無駄も迷いもない動きに、思わず見惚れてしまう。現実では、到底あり得ない光景だ。  僕があまりに見つめていたからだろう、 「勉強、してきたから」  新太はそう言いながら、こちらに歩いてくる。夢だから、こんなこともあるのか。凄いな、僕の夢。  新太は僕のところへ戻り、身体をぴったりくっつけてきた。 「……んん」  胸も肩も腕も足も、お腹も、やや硬くなった性器も。全身が、新太の体温を、肌の感触を捉える。  頬と頬を擦り合わせる。 「はあっ」  気持ち良い。何度も重ねた、新太の身体。愛しくて、懐かしい感覚。僕の性器も、どくどくと拍動し、膨張する。 「あっ……ん」  いつの間に準備したのか、新太は掌にローションのようなぬめりを纏わせ、僕の性器と袋をまさぐる。  窄まりに指先が触れる。入り口の辺りを指の腹でくるくる撫でられた後、中に刺し込まれた。 「んっ」  開いている方の手で、僕の尻たぶを揉む。 「んあっ」  腰が揺れて、新太の性器が僕の性器に擦りつけられる。やがてどちらも先走りで濡れ、硬く硬く屹立した。  窄まりに入れられた指が、僕の一番敏感なところを掠める。 「ひ、あっ……」  声を上げそうになると、即座に新太が僕の唇を、唇で塞ぐ。僕が舌を出すのと同時に、新太の舌も差し出された。深いキスを交わす。  更に指が増え、僕は快感で全身を震わせた。 「んんんっ」 「……っは」  新太の息が上がる。しっとりと、互いの肌が汗ばむ。  新太は、何をしようとしているのだろうか?  充分に解された穴から、指がゆっくりと抜かれる。出される快感にまた、背中がぐんっと(しな)う。 「はあっ、あ、らた、何……」 「しーっ」  優しい窘めと共に、背中に両腕を回された。ぎゅうう、と抱き締められ、身体が密着する。  新太が、僕の耳元で囁いた。 「詠え。『愛の詠い』だ」  僕は求められるまま、詠おうとした。 「我は……」  いや、違うな。  僕は初めて、誰かの真似ではなく、思いつくままの詩を詠いたくなった。 「わたしは女神に従うもの、わたしは女神を詠うもの」  魔法陣が、白く輝き始める。 「男神よ  わたしは詠う  あなたの耳を鳴らし、あなたの細胞のひとつひとつを紅く染め、わたしを響き渡らせる」  僕は新太の手を引いて、魔法陣の真ん中へ誘い、腰を落とさせる。 「わたしは蔓となる  その緑は鮮やかに、あなたの眼を捉え離さぬよう、美しく伸び育つ」  上から新太の瞳を覗き込む。きらきらした僕の瞳が、映っていた。 「わたしは雪となる  あなたの舌が、白いわたしの身体を溶かし舐め味わう」  人差し指で、新太の唇に触れる。新太は僕の指を舐め、口に含み、吸った。 「わたしは蜜となる  あなたの皮膚を、わたしの黒くどろりとした潤いで満たす」  新太の頬に掌を添える。新太は頬を擦りつけた。 「わたしは大地に還る  あなたの鼻が、香りを嗅ぎ分けわたしを探し出す」  新太が、僕の足に鼻を寄せ思い切り深呼吸した。はあっ、と熱い吐息が足にかかる。 「あなたはわたしと重なり、力強く貫き、恵みの雨を降らす  わたしは濡らされ歓びで満たされ、黄金色に輝いて  新たな力を感受する」  あぐらをかいて座り待つ新太の上に、腰を下ろしていく。新太の熱い性器を、入り口から、自分の最奥へ迎え入れる。  ゆっくり、ゆっくり。 「わたしはあなたを恋い慕う  触れ、繋がり、交わり、溶けて  ひとつになりたいと乞い願う」  新太のものが根元まで到達すると、僕と新太は足と腕を絡ませて抱き合った。 「この想いは必然のもの  逃れられぬもの  永遠の昔、わたし達は  もともとひとつだったのだから」  涙を堪える。 「幾重もの生を受け、幾重もの死を経ようとも  わたし達は求め合う  永遠の昔、わたし達は  もともとひとつだったのだから」  急いではならない。  お互い、掌で相手の背中をそっと、ゆっくりと撫でる。僕と新太を隔てていた隙間がどんどん消えて、密着度が増し、互いの体温と分泌液が交わされ、合わさり、同じになる。   遮るものは、ひとつとして無い。  僕の内部は悦びで打ち震え、新太の精を迎え入れようと蠢き。 「あなたと触れ合い、全き円環を成す  あなたと繋がり、全き円環を成す  あなたと交わり、全き円環を成す  あなたと溶け合い、全き円環を成す  あなたと再びひとつになり、全き円環を成す」  ぴったりと重なった。  次の瞬間、ふうっと、新緑に似た香りが、風となって通った。ロウソクと魔法陣の光、全てがかき消える。  ああ、きっと女神の息吹だ。 「全き円環を成す」  完全なる暗闇。  僕と新太の境目が、僕らの身体を成す全てが溶けて、どろどろの液体となり、混ざり合い、ひとつになった。

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