29 / 33

The place where you go あなたの行く場所7

 これまで味わったことの無いような、身体全体を支配する、強く甘い、気だるい快感。僕は陶然として、余韻に浸る。 「直、直。大丈夫か?」  耳に、声の振動が直接響く。僕は、僕の頬の下にあるものに焦点を合わせる。身体。掌を這わせてみる。憶えていたものより硬く厚い、鍛え上げられた筋肉。これって、胸筋? 「直」  頭のてっぺんにキスを受ける。僕は、新太の上に重なり倒れているらしい。お腹の辺りに違和感を感じて、手を移動させる。 「……何か、生々しい?」  白濁の液体が、ぐっちゃりと溢れていた。これって、もしかしなくても僕が出した?  はっはっは、と頭上から笑いが降る。僕は上半身を少し上げて、新太の顔を見た。 「今更だな、直。まだ夢だと思ってる?」 「え?」  待て待て、何か変じゃない? 「ね、これ、僕の妄想っていうか、都合のいい夢じゃないの?」 「自分でも、魔法を発動させといてか?」  魔法。愛の詠いのことだろうか? 「残念ながらいまは、お前の所属するカヴンの皆様から頂いた、史上最強とっておきの魔法陣発動中。これは夢じゃない、現実だ」  現実……あれ? 僕、めちゃくちゃ、ぶっちゃけてなかった?  そうだ、渾身の、愛の詠いを聞かれてしまった! 「うわぁぁぁぁぁぁ!」 「こら! いま照れるな、逃げるなよ!」  起き上がろうとした僕の背中に、すぐさま腕を回された。 「身体、絶対に離すな。とっくに予定の時間は過ぎてる。魔法陣自体に事前に組み込まれた魔力は切れてるはずだ。いまは、直が俺と一緒に発生させた魔力で保たせてるから、離れるとたぶん、魔法陣の効果が切れる」  元の場所に戻されてしまう、ということか。  そういえば、僕と新太のいるこの空間、風が吹いて、キャンドルの灯りが消えて真っ暗になったはずなのに、いまは明るい。魔法陣が、黄金色にきらきらと輝いていた。出したことのない色だったが、間違いなく僕の魔力だ。 「セックスを、魔力に変換した。感じる?」  感覚を四方に広げる。幾重にも重ねられた、魔法の痕跡。 「……うん。どうなってるのかも、理解した」  遠く離れた場所と場所を繋ぎ、精神だけでなく、肉体丸ごと、特殊な結界空間を作って送り込む。事前に組み込まなければなし得ないくらい、大量の魔力が必要だったということか。加えて、膨大な知識で作られた複雑な陣を、複数同時に発動。  なるほどこれは本当に、研鑽を試される時、だ。  ありがたかった。パティ達の、ありったけの愛情。想いが胸に込み上げてきて、新太の身体にしがみついた。落ち着かなきゃ。残された時間は確かに少ない。 「会いに来るの、時間かかってごめんな。俺が一連の流れを習得するのと、『森の守り手』関連のカヴンに協力要請するのと、魔法陣の準備と、あとは満月を待っててさ。俺は直が泣いてると思って、急ぎたかったんだけど。  恭一郎さん、建前上処分の意味もあったから、しばらく泣かせといても良いよとか言うもんだから」  恭一郎さん酷い。 「……恭一郎さんと、やり取りしてるんだね」 「ああ。やり取り、ってか取り引きしたよ」 「え!」  驚いて、また身体を離しそうになる。ぐ、と新太が僕を抱き締めた。 「ちょっと、魔女と取り引きって! 変なことされてない? 大丈夫!?」 「おいおい自分の養父を疑うなよ! 恭一郎さん、めちゃくちゃ良い人だぞ。全然大丈夫だ。むしろ、すげー良くしてもらってる。カヴンの人達にも」  少し信じがたい情報だ。  僕には結構、いじわるな気もするんだけど。 「……内容は?」 「恭一郎さん側からは、直のサポートを要求された。当座の目標は、直を元気づけて、修行に専念させることだな。カヴンのみんな、直のこと心配してたぞ。『森の守り手』のプリースティスからも、連絡がしょっちゅう来てた。あと、斉藤と委員長も、いっつも、元気にしてるかなって、話してる。  直はきっと、自分で思っているよりずっと、ずっとたくさんの人から愛されてるよ」  ひばりさん、斉藤、パティ、みんな。  そうだ、と新太は僕を抱き締めたまま身体を起こし、辺りを見回した。  新太は身体を離さないようにしながら、僕を太腿の上に乗せる。先程の、達した際の体勢に似ているので、下半身がちょっぴり疼く。 「セバスチャン、いるなら返事しろ」 『はい、ここに』  僕の下から、セバスの声。 「ん、影か?」 『こちらでは、実態は留められませんでしたので。不都合でしょうか?』 「想定内だ、大丈夫。この結界が、ぎりぎりまで俺達の周りに残るよう、矯正と補強をして欲しい。できるか?」 『承知致しました』  黄金色の光の柱が、ぐるりと僕らの周りを走って囲う。魔法陣より少し大きめの円になった。そこより外側の空間は、消えているのが感じられた。崩壊はもう、かなり進んでいる。 「前からそうだったけど、セバス、新太には凄く従順だよね。命令慣れしているというか。魔女、向いてるんじゃない?」 「まさか! セバスは、直の為になると判断してるから、動いてくれる。直に関係なかったら、俺の言うことなんて聞くはずない」 「そうかな? ああ、そういえばさっきの魔法陣の扱い方も……何なのあれ?」  まるで熟練の魔女のようだった。夢じゃないなら、やっぱり変だ。 「カヴンの人達に教わっただけだよ。勉強してきた、つっただろ」 「いやいや、教わっただけで、三か月足らずであそこまでできないって。だいたいなんで魔女の魔法を勉強する必要があるの?」 「取り引きだよ。俺の側から出した条件は、もう一度、直に会う手立てを教えてもらうことだった。  取り引きにも、会うのにも必要だって言われたから、教えてもらったんだ。夏休み中は時間がある日、授業がある時期は週末、周央家に通って、カヴンの誰かに教わる、って感じで。  まあたまに、直の代理ってことで儀式に呼ばれることもあったけどな。  実際、この儀式では俺ひとりしかこの場所に来られなかったんだから、役に立っただろ?」 「魔法、使えるようになったの?」 「そんな、まさか! 魔法まで求められたら、こんな短期間で会いに来れない。俺自身は形の真似事をしてるだけ。実際に魔法を発動させてるのは、他の人達だ。  俺はいままで通り魔法は使えないし、特別変わったことは無い。女神とか、よく分からないし」  新太は、そこで一旦言葉を切った。僕の掌、胸、顔を順に見る。合わせた瞳が、きらりと光った。 「……何、どうしたの?」 「あー、俺もしかしたら、分かっちゃったかも」 「何が?」 「ん、内緒」  新太は微笑むばかりだ。 「ね、カヴンに入ったの?」  いや、と新太は首を振る。カヴンのメンバーを思い浮かべ、その中にいる新太を想像する。 「きっとみんな、面白がってるんだろうなあ」 「面白がられてるよ! すげー弄られるし」 「やっぱり! 面白いこととか、楽しいこと、好きだもんみんな」  優しかったカヴンのメンバー。自分がやらかしたことの処分で追放された僕は、ちゃんと別れの挨拶もできなかった。 「おい、そんな顔すんな。カヴンの人達、直がそういう顔してないかどうかを心配してたんだから。な?」  新太はこつん、と僕の額に額を軽く当てる。 「うん」 「大丈夫だな?」 「大丈夫」  よし、と満足げに頷き、僕の頬にキスをした。 「まあ、カヴンで弄られるの、嫌じゃないんだ。いろんなこと見せてもらえるし。あー」 「どうしたの?」 「驚かせたいのにあんまり驚かないね、ってがっかりされることがある」  ふふふっ、と笑ってしまう。凄く想像できる。 「それから、恭一郎さんにも、カヴンの人達からも、魔女に向いてる、やらないかって誘われてる。魔法に対する耐性があって、素質もあるからって」  どきっとした。僕が育ててしまったかもしれない、新太の中にある能力。 「でもさ」  新太はすかさず言葉を続ける。 「いくら素質があるとか、耐性があるって言われても、魔女になるってのには、ほんっとに興味無いんだ。魔法使いになりたいなんて、思ったこと無い。  魔法のことも、魔女のことも、直のことだからこそ、学んだ。直のこれまでと、これからを知れるんだ、直の一部に触れてるんだって思えば、それがどんなことであれ、嬉しかったからさ。それだけなんだ」  新太はまた、周りを見渡す。光る柱の輪の淵が、少しずつ僕らに迫ってきている。 「ふたりして、同じことをする必要は無い」  視線が、僕の目に戻る。痛いくらいに真っ直ぐだ。 「俺達、ふたりでひとつだろ? 俺が見ない景色は直が見せてくれる。直が見れない景色は、俺が見せる。それで俺達は他の人よりもたくさん、いろんな景色を見られるんだ。ずっと、ずーっと、ふたりでさ。素敵だろ?」  嬉しさで、胸が震える。でも、 「でも僕、この国から帰れる日が、いつになるのか全然見当もつかない。何年後か、何十年後か」 「俺が迎えに行くんだよ! イギリスに留学とか、格好良いだろ?」 「それ僕がいまやってるやつ」 「おう、直は格好良いよ、格好良くて可愛い」 「はいはいありがと」 「おっ、今日は流さないな? 素直な直も可愛い」 「うっさい!」  掌でぺしぺしと胸を叩いてやった。 「英語、成績かなり伸びたんだ。恭一郎さんのスパルタ教育のお陰で。あの人仕事で忙しいのに、上手く課題とか出してくれるんだよな」 「恭一郎さん、容赦無いから。てか、前より身長伸びた? 筋肉もついたよね?」 「だろ」  新太はにっこり笑う。 「俺、フツメンじゃん? 奥さまが絶世の美人な上に魔女っ子ときたら、フツメンのまんまで何もしないの、絶対嫌だと思ってさ。いま、サッカー部辞めて斉藤の実家の道場に入って合気道してるんだ。ジョギングもしてるし、腹筋背筋腕立て伏せ、毎日千回やってるし!」  何だそれ。突っ込みどころ満載過ぎて、ふっと息が漏れる。 「バカだ!」 「バカで悪いか!」 「こんなに度量も度胸もあって、何でもこなして優しくて、どんな奴より格好良い当麻新太の、どこがフツメンだ!」 「ははははは! 凄いな直、罵詈雑言じゃない、褒めてんぞそれ!」  大爆笑だ。 「まあ、直はこのバカから、もう簡単には逃れられないんだから覚悟しとけよ」 「は?」 「やっぱ事前に説明、受けてなかったよな。魔法陣、ハンドファスティング用のも入ってるぞ」 「ハンド、ファスティング?」 「直と俺が、ずっと一緒にいる約束。別れたいと直が思って、別れの儀式を行わない限り、俺達はずっと一緒だ」  僕は漂うたくさんの魔力の痕跡を辿って確かめた。ああ、ある。でも、 「……ハンドファスティングってまさか」 「うん、結婚の約束、だな」 「けっ、こん!」  新太と、僕が、結婚!  僕の左手が、新太の左手に取られ、薬指に、柔らかく口づけられた。僕は全身ががぶわわと熱くなるのを感じる。ああ、言葉が出ない。代わりに涙が流れ出た。  嬉しい、嬉しい! こんなこと、あって良いんだろうか?  僕、こんなに幸せで、良いんだろうか? 「向こうで、皆が祝福の詠いをしてくれただろ? 俺にも、カヴンの人達が詠ってくれた。ほんとは指輪交換までしたかったんだけど、それはまた別の機会に」  首をぶんぶんと振る。指輪まで貰えるだなんて、もう、幸せ過ぎていっぱいいっぱいだ。  そうか、パティ達がやってくれた、あのアイビーを使った儀式は、ハンドファスティング用だったんだ。結びを象徴する、ツタ属の植物。  僕は繋がれた手を自分の方へ引っ張り、新太の左手の薬指に口づけた。  ずっと一緒にいる約束。契約。  ……ん、待てよ? そうだ、取り引き。  恭一郎さん側の要求内容は、『直のサポートを要求』。対して新太の要求内容は『もう一度直に会う手立てを教えてもらうこと』、一度、一度だ。 「あっ、新太まさか、まさか僕に今日、たった一回会う為だけに、自分の一生を取り引きに使ったの!?」 「ああ、そうなるな、期限は区切らなかったから。当たり前じゃないか、俺も恭一郎さんも、元から一生だって思ってる」 「そんなっ!」  魔女との取り引きと言ったって、こんな不釣り合いな条件、おとぎ話ぐらいでしか聞いたことが無い! 「新太はそれで良かったの!? 他の選択肢が無くなったんだよ? 別れの儀式をしなくちゃ他の誰とも結婚できないし、こんな呪いみたいな取り引きして、一生僕から離れられない!」  新太は、あの満足気な、全てを分かっていると言いたげな笑顔を見せた。 「俺が望んだことだからな。むしろ直が覚悟しなくちゃだぞ?  さて、そろそろ魔法陣の限界だ。必ず迎えに行くから待ってろ。修行に専念してればあっという間だ。頑張っとけよ、俺も直に見合うくらい、頑張るからさ」 「新太!」 「俺がそっちに行ったら、もう絶対、離さない。すっげー愛しまくるから、心も身体も、全部。覚悟しといてくれよ。なあ、良いだろ、直。返事は?」 「……うん、うんっ」 「ありがとう、直」  僕は新太に抱きついた。新太も、強く抱き締め返してくれる。 「いつも何かを諦めて、一線引いて。その綺麗な横顔が、気になって。  こっちを向いて欲しかった、笑わせたかった。一緒に過ごした時間、全部すげー幸せだった。  好きだったんだ、愛してたんだ、最初から。いや、もしかしたら、出会う前からだったのかもな」  回した腕を互いに緩め、額を合わせ、見つめ合う。 「遅くなってごめん、許してくれ。一生そばにいるからさ」  光が僕達を包む。 「結婚しよう、直」  唇への軽いキスは、光とともに、夢のように溶けて消えた。

ともだちにシェアしよう!