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第8話 条件をのむなら

不本意ながら僕と真っ黒ワンコは今、僕の家の前で鼻を付き合わせている。 「とうとう家までついて来たな。まさか本当に僕ん家に入り込むつもりか?」 「わふ」 当然みたいな顔、やめて欲しい。 「言っとくけど、僕ん家に入りたいなら絶対にお風呂に入って貰うけど?」 ピクン、と犬耳が揺れる。目を逸らしたところを見るに、どうやら風呂はイヤらしい。 「僕は薬師だ。魔物の瘴気だのよく分からない雑菌だの虫だの持ち込まれたら商売あがったりなんだよ。僕ん家に入るなら風呂でくまなく洗われてからだ。これだけは譲れない」 途端に耳がペションと垂れた。ついでにしっぽもシオシオと小さくなる。でっかいナリして叱られた子供みたいな雰囲気を出さないで欲しい。 「もしずっと僕ん家にいたいなら風呂は毎日入って貰うし、排泄も僕指定の場所でして貰う。歯磨きも毎日するから暴れるなよ」 「くぅー……ん……」 明らかに本気で悲しそうな声だった。 さっき湖でクゥンって鳴いてたの、あれ演技だろって思えてくる。まったく油断ならない。 とは言いつつ、会話が成り立っているのかと思えるくらいに表情豊かなこの真っ黒ワンコにちょっとずつ情がわいてきたのも事実だ。 本当にワンコって人の言葉を理解するんだなぁ。さすがに邪険にするのも躊躇われてきて、僕はひとつため息をついた。 「……それでもいいなら、飼ってもいい」 「わふっ!!??」 「お風呂に入ってから家に入るから、僕んちの子になるつもりならおいで」 玄関の脇につけられた、お風呂への扉を開けて中へと入る。街に出かけたくらいならそのまま玄関から入るけど、魔物を解体した日なんかはまずはお風呂で瘴気や雑菌を落としてから家に入るのがマイルールだ。 家の中にできるだけ雑菌を持ち込みたくない。 「閉めるよ」 さすがに扉を開けたまま全裸になる勇気はないからそう声をかけたら、悩んでいた様子の真っ黒ワンコは慌てて入ってきた。 どうやらうちの子になる覚悟ができたらしい。 正直ワンコなんて飼った事ないし、これが仔犬だったりしたら世話する自信ないけど、この真っ黒ワンコなら僕の言ってる事はほぼ分かってそうだし、もし僕にもしもの事があったとしてもさっさと外に出て自分で狩でもして食ってけそうだし。 食費はかかりそうだけど、さっきこいつが狩った銀の鬣を持つA級魔物の報酬で多分何十年分も前払いして貰ってる。 ま、なんとかなるだろう。 腕まくりして水桶を手に取る。 「よーし、じゃ洗うよー!!!」 「キャウン……」 ザバン! と水をかけてやったら、真っ黒ワンコはこの世の終わりみたいな声を出した。

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