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第9話 ゲンキンなヤツ
「もう、まだ拗ねてんの?」
お風呂がよっぽど嫌だったのか、真っ黒ワンコは部屋の隅で丸まって、まったく僕の方を見ようとしない。ツーンとした顔でそっぽを向いたままだ。
ちゃんとタオルでゴシゴシ拭いてやったのになぁ。
「ま、いいや。飯でも作るか」
「わふっ!?」
真っ黒ワンコの耳がピーンと立って、急にガバッと起き上がる。目がキラキラに輝いてるんだけど。
「いやいや、君にはデッカいお肉買ってあげたでしょ。作るのは僕の飯だから」
そんな事をいいながらキッチンに向かい肉やら野菜やらを切っていたら。
タシッ、とお尻に衝撃が。
「うわっ?」
なんなの!? と思って振り返れば、真っ黒ワンコと目があった。どうやら前脚でタシッとされたらしい。
何その期待に満ちた目。
しかも口にはさっき買ってやった重量級のお肉の袋が咥えられている。
ていうか自分の分のお肉、持って来たんだ……。
なんだかおかしくなって、笑いながらお肉を受け取った。
「しょーがないなぁ。お肉おっきすぎたの? お前の牙ならこれくらい簡単に噛み切れるだろ」
意外にも前のご主人様に甘やかされていたらしい。そう思ってお肉を食べやすい大きさに切ってやり、皿に入れてやろうとしたら、またもお尻に衝撃が。
「何だよもう」
「わふっ! わうわう、ガウッ」
何かを訴えたいのは分かるけど、あいにく僕には犬語は分からない。
「分っかんないなー」
「ガウウッ」
前脚が伸びてきて、タシッとコンロを叩いた。
「……え?」
フンスフンスと鼻息を荒くしながら、必死でコンロを叩く様子に、さすがにニブチンな僕も予想がついた。
「まさか、焼けって言ってるの!?」
「わふっ!!! わふ、わう、グルルッ」
そうだ! と言わんばかりに思いっきりしっぽを振った真っ黒ワンコは、あろう事か伸び上がってきて塩や胡椒の瓶までもを脚先でチョイチョイとつついた。
「マジで……? ワンコに塩胡椒って体に悪くないの?」
「わふぅ!」
大丈夫だと言いたげだけどほんとかなぁ。人間にはどうって事ないものでも、ワンコやニャンコには良くないものもあるって聞いた気がするけど。
ていうか、この真っ黒ワンコの元飼い主様、甘やかし過ぎじゃない!?
驚愕しつつも、まぁ、元から食べてたならいきなり死んじゃうって事もないだろって最終的には判断して、お望み通りに塩胡椒で味付けし、ミディアムレアで焼いてやった。
ご満悦な様子でしっぽをふりふり食べてるの、可愛い。
その後ろ姿を見ながら何となく悲しい気持ちになる。
もしかして、こいつの元飼い主様は死んじゃったのかな。さっきの魔物と戦って……? それとももっと前に?
味付けした上に火で炙った肉を食わせ、こんなに話が通じるようになるくらい話しかけ、一緒に魔物を狩ったりしてたんだろうな。きっと、お互いにいい相棒だと思っていたに違いない。
あれだけあったお肉をペロリと平らげて、満足そうに床にまあるくなった真っ黒ワンコにそっと近づく。
「ご主人様、死んじゃったのか……? 寂しいよなぁ」
撫でるともふもふと柔らかい。
真っ黒ワンコは驚いたみたいに僕を見上げたけど、撫でられるのは嫌がらなかった。やっぱりご主人様を亡くして、寂しいのかも知れない。
可哀想に。気位が高そうなこの真っ黒ワンコのご主人様はどんな冒険者だったんだろう。
まだ見ぬ人に思いを馳せつつ、僕は真っ黒ワンコの体を優しく撫でてやることしかできなかった。
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