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第10話 【ディエゴ視点】善良な男
「ご主人様、死んじゃったのか……? 寂しいよなぁ」
今日出会ったばかりのこの善良な男は、そんな風に呟きながら、俺の体を優しく撫でてくる。
俺を見おろす青い瞳と労るように撫でる手が優しすぎて、俺は何も言えなくなってしまった。プス……と鼻を鳴らしながら床に顎をつけるしかない。
申し訳ないが俺に『ご主人様』などついぞいたことはない。なんせ俺は狼獣人で、その気になれば人型を取ることも可能なんだから。
この男についてきたのは、単なる好奇心からだった。
今日は珍しくしくじってしまって、銀の鬣を持つA級魔物グラスロに、致命傷に近い傷をつけられてしまったんだ。
俺はS級ランク目前、自分で言うのもなんだがかなり凄腕の冒険者で、いつもならグラスロはこっちが狩る側の獲物だ。でも、あいつは多分長い時を経た個体で、強さも狡猾さもずば抜けていた。気配を消して襲いかかって来たヤツに不意打ちをくらって背中にとんでもない深い傷を受けて、命からがら逃げた。
運悪くちょうど回復薬も切らしてて、追いつかれたら確実に殺られる。
スピードだけは俺が若干勝ってたから、狼へと姿を変えなんとかヤツを撒きながら遠い遠いところまで逃げてきたんだ。森を抜けてやっと草原へ出て、だだっ広い中にキラキラ煌めく湖が見えた時、そのあまりののどかさに気が抜けてしまった。
見えないけど、背中の傷は多分かなり深い。血を流し過ぎたんだろう。
自分の体が冷たい地面に倒れこむのが分かって、気が遠くなっていく。そんな時だった。
何かが近づく気配に、俺は最後の気力を振り絞って威嚇する。
「ガウッッッ」
「ひぃっ!!!」
なんとも情けない声が上がって、ヌプッと湿った音がした。かすみかけた目に、尻餅をついて震えているヒョロい優男が映る。
あ……人間だったか……。
一瞬申し訳なく思ったが、こんなところにいたらこの男が危ないかも知れないと思い当たってグルルルル……と唸って見せた。撒いたとは思うが、さっきのグラスロが俺のニオイを追ってここに来ないとも限らない。
俺に威嚇されたくらいで腰を抜かしてるっぽいこんなヒョロい優男に、あのグラスロの相手が務まるとは到底思えないからだ。こんな場所にいて巻き込まれたら可哀そうだ。
俺はもう動けない。頼むからこの場所を離れてくれ……。
そう願いながら唸る。
そこに、悲しそうな呟きが聞こえた。
「なんだよもう、助けてやろうと思ったのに……」
何……!?
信じられない言葉を聞いた気がして、遠くなりかける意識を必死で繋ぎ止める。
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