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07.リズムに乗せられて
お友達の背はたぶん170センチぐらい。黒髪センター分けでくったりとした目をしていた。
一見すると緩そうな感じの人だ。この人も永良 と同い年なのかな?
「ダメだ。お前はすっこんで――」
「マジモンのシンデレラストーリー? お眼鏡にかなっちゃった感じ??? それとも」
質問がどんどん積み上がっていく。返答の余地すら与えてもらえない。眩暈 を覚えた。凄く、凄く疲れる。
「ああ、ごめん。自己紹介が先か。ガキヤリズム。我、喜ぶ住まいと書いて我喜屋 。美しい音と書いてリズムです♪ 因みに俺も中3。15だからタメ語でOKよん☆」
「我喜屋 美音 君?」
「そう!」
「同い年?」
「そうそう! よろしくね~♡♡♡」
強引に手を取られて強制握手。物凄くマイペース。案の定、苦手なタイプの人だった。
「へぇ? 厳巳 君って顔だけじゃなくて手も綺麗なんだね」
「?」
我喜屋君はついでとばかりに僕の手を観察し出した。手フェチか何かか?
恍惚とした表情で、僕の手を撫でたり揉んだりしていく。
「んっ」
「っ!」
手の甲の血管をなぞられた。背中が跳ね上がる。同時に我喜屋君の左眉も。
「えっろ――」
「リズッ!! いい加減にしろッ!!」
永良が引き離した。好き勝手していた我喜屋君の手を。
「たはぁ~! メンゴメンゴ♡」
「~~っ、大体お前な」
永良のお小言が続く。僕からすればあずかり知らないことばかりだ。
居心地悪く目を逸らすと――永良の耳に意識が向いた。凄く、凄く赤かったから。
「はぁ~……この前のジャパンオープンで色々あったんだよ」
不貞腐れたように永良が語り出した。どうやらお小言タイムは済んだようだ。
目が死にかけていた我喜屋君もぱっと息を吹き返す。
「へぇ!? でっ? でっ?」
「だから、色々だって」
「えぇ~? 何? そんな隠すようなことなの??? まさかの成人指定???」
「うっせえな。どーでもいいだろ。ンなこと」
詳しく語る気はないようだ。僕に配慮してのことなのかな。ありがたいけど、でも……僕はどうにも知って欲しくて。
「僕のこと『ざまあ』してくれるって言うからさ」
「なっ!?」
永良の顔が青褪めていく。反対に我喜屋君の表情は華やいでいって。
「何々? それってユキちゃんが厳巳君を負かすってこと?」
「ぐっ……」
永良は顔を俯かせた。自信なさげに。ばつが悪そうに。
「ぐえっ!? なっ、何すんだよ!!」
僕は永良のふにゃふにゃなお腹を締め上げた。腹いせだ。
永良が睨みつけてくる。まるで反省してないな。僕は鼻息を荒げてもう一度永良のお腹を締め上げた。
「そんな弱気でどーすんのさ」
「ごほっ!? ~~っ、ンのぉ~……っ、のっぺりゴリラが!!」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
「そーかよ」
永良は重く溜息をついた。肯定を示す言葉は聞こえてきそうにない。
仕方がない。発破をかけよう。僕は永良の耳元にそっと顔を寄せる。
「ねえ」
「っ!」
「あれ、嘘だったの……?」
叱咤激励するはずが、僕から出たその声は酷く拗ねた感じで。
……………何これ。
自分で自分に戸惑う。
「~~っ!!!!! あ゛~あっ! そうだよ!! 俺が厳巳を負かすんだッ!!!」
永良がヤケクソとばかりに叫んだ。お陰で僕の恥は遠く彼方へ。
だけど、その永良の渾身の宣誓は声援と水しぶきによって抑え込まれてしまう。
とはいえ、概ね周囲5メートルぐらいには届いたようだ。前にいた人達が勢いよく振り返る。
驚きから呆れ、そして嘲笑へ。永良は悔しさからか「くそっ」と小さく零した。
胸の奥がむずむずする。でも、それと同じぐらい温かくもあって。
「腹筋。ちゃんと鍛えなね」
「……わーってるよ」
「おいっ! 厳巳!!!」
聞き覚えのある声。的場 コーチだ。眼下のプールサイドに立っている。両手でメガホンを作って。
「いい加減にしろ!! 棄権する気か!? 遊んでねえでとっとと降りて来い!!!」
僕は右手をあげて応えた。それと同時に小さな悲鳴が上がる。永良だ。
「怖……っ。噂通りの鬼コーチだな」
「あれで結構可愛いところもあるんだよ」
「嘘つけ」
まあ信じてもらえないよね。僕は苦笑しつつ永良から体を離した。
「…………」
何だか凄く名残惜しい。
ハグはストレスを軽減させてくれると言うけど、あれもあながち間違っていないのかもしれない。
「じゃあ、行くね」
「油断するなよ」
「ふふっ、はいはい」
背を向けて歩き出す。ああ、本当に名残惜しいな。
「わ~お♡ いずみんってば笑顔も結構イケてるじゃんね?」
「………………………知るかボケ」
「はっはっはっは!! もう~~! 素直じゃないな~♡♡」
小さく聞こえてきた永良と我喜屋君の会話。僕の手は自然と右頬へ。この前と同じだ。また口角が上がってる。
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