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15.再会

 翌日の放課後。僕は予定通り東京ダイビングスクールを訪れていた。  放課後ということもあって制服姿だ。白のYシャツに、深緑色のブレザー、金色がかったシルバーのネクタイに、黒緑色のズボン。  ――と、まぁかなり派手めな制服だ。正直この格好で出歩きたくない。でも、それでも時間が惜しくて来てしまった。  小さく息をついて建物の中へ。フロントにいるのおばちゃんに話しかける。 「すみません。見学をお願いした厳巳(いずみ)です」 「……厳巳? っ!!?? 厳巳(いずみ) (ごう)!?」 「はい。見学をお願いした厳巳――っ!」  おばちゃんが物凄い勢いで身を乗り出してきた。ああ、ビックリした。心臓が止まるかと思った。 「ほっ、本物……?」 「……っ」  至近距離でじろじろ見てくる。鼻息が荒い。正直不快だ。それとなく顔を背ける。 「すごいー! テレビで見たまんま! 綺麗な顔してるわね~♡♡♡」 「いえ、そんなことは……」 「あらっ! 謙虚なのね~」 「……手続き、進めてもらってもいいですか?」 「はいはーい♡ あっ、それにしても見学ってどうして? お知り合いでもいるの?」 「ええ。ここに最近、永良(ながら) 悟行(さとゆき)って人が入りましたよね? その人に会いに――えっ……?」 「すっごい! 硬ぁ~い♡♡♡♡♡♡」  胸を揉まれた。  硬さを実感するためかやたらと強く。メチャクチャ痛い。跡が付きそうだ。制服を脱いだらおばちゃんの手の跡が……って、怖すぎない? 「若返るわぁ~~~!!!!!」 「あの、手続きを……」 「あらあらぁ! うふふっ♡ ごめんなさいね~、つい♡♡ こちらの用紙にご記入をお願いしま~す♡♡♡」 「……はい」  その後、僕はおばちゃんの熱視線とセクハラを(かわ)しつつ手続きを終えた。  幸いなことに、案内はここのスクールの若手のコーチが担ってくれることになった。  黒髪短髪ヘアー、小さな目が特徴的なおっとりとした雰囲気のお兄さんだ。心底ほっとする。 「悪いね。あのおばちゃん」 「……永良も?」 「ん?」 「永良も被害に遭っていたりするんですか?」 「あぁ~……厳巳君ほどじゃないけど、まあそれなりには――」 「具体的には?」 「え゛っ?」 「具体的には?」 「あっ、ああ! そうだね。頭とかお尻とかかな?」   ………………あのババア。 「はっ、はは~っ、さっ、悟行と仲いいんだね~?」 「……ええ、まぁそれなりには」  途端に気持ちが沈んだ。  胸を張って『仲良しです』って言えない。それが悔しくて、悔しくて仕方がない。 「厳巳君? どうかした?」 「……いえ。何でもありませ――」 「そうだな~。やっぱスーッて落ちていくのが気持ちいいかな」 「っ!」  プールサイドに足を踏み入れるなり、聞き馴染みのある声が聞こえてきた。  永良だ。  永良だ……!  永良だッ!!! 「っ! ……~~っ」  バカか。何のために来たんだ。首を左右に振って気を引き締める。  永良はブーメラン型の水着姿だった。ストレッチをしながら頭一つ分大きな男の人と話しをしている。  その人も同じくブーメラン型の水着姿。糸目の落ち着いた雰囲気の人だ。大人っぽいけど、永良がタメ口で話しているあたり同い年なのかな? 「気持ちいいっておまっ、……怖くないわけ?」 「全然?」 「かぁ~~っ!! 妬けるなぁ~。それ一番最初の難関なんだぜ?」 「あ~、ははっ! 俺、昔っから高いところ好きだったからなぁ~」 「脚力といい度胸といい掘れば掘るほど出てくるね~~。頼もしいやら末恐ろしいやら何とやら……」 「ぐっ……」 「厳巳君……?」  自分の頬が引き()るのが分かった。  ああ、もうダメだ。限界だ。僕はポケットからメダルを取り出す。 「えっ? それって……」  青いリボンをグルグル巻きにして内側にそっと通した。コンパクトになったメダルを両手で包む。 「永良!!!」 「っ!?」  永良が振り返る。バチリと目が合った。  ああ、永良だ。  頬が、心が震えた。鼻の奥がつんっとして、目尻が熱くなる。 「~~っ」  僕は歯を食いしばって大きく振りかぶった。 「な゛っ!? ばっ、バカッ!!!」  投げた。表裏にくるくると回りながら飛んでいく。 「ぐおおおぉおぉおおお!!!!!」  永良が助走をつけて勢いよく跳ね上がった。高く、高く。僕の顎が天井を指す程に高く。 「くっ!!」  キャッチした。パシッと子気味のいい音を立てて。 「ぎゃあぁあああッ!!!?」  永良はそのまま前方へ。ダイビングプールに落下した。とても大きな水しぶきを上げて。 「……っふ」  気付けば僕は笑っていた。頬が緩む。ついでに口角も持ち上がって。 「ガハッ!! ゲホッ!! ゲホッ!!!」  永良がプールから上がる。その手にはしっかりとメダルが握られていた。 「ゆっ、ユキやん! 大丈夫――っ!? いいいいいっ、厳巳 豪ッ!?」  僕は糸目の先輩を制して永良の前に立った。咳込んでいた永良がきっと睨みつけてくる。

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