15 / 19
15.再会
翌日の放課後。僕は予定通り東京ダイビングスクールを訪れていた。
放課後ということもあって制服姿だ。白のYシャツに、深緑色のブレザー、金色がかったシルバーのネクタイに、黒緑色のズボン。
――と、まぁかなり派手めな制服だ。正直この格好で出歩きたくない。でも、それでも時間が惜しくて来てしまった。
小さく息をついて建物の中へ。フロントにいる聖子ちゃんカットのおばちゃんに話しかける。
「すみません。見学をお願いした厳巳 です」
「……厳巳? っ!!?? 厳巳 豪 !?」
「はい。見学をお願いした厳巳――っ!」
おばちゃんが物凄い勢いで身を乗り出してきた。ああ、ビックリした。心臓が止まるかと思った。
「ほっ、本物……?」
「……っ」
至近距離でじろじろ見てくる。鼻息が荒い。正直不快だ。それとなく顔を背ける。
「すごいー! テレビで見たまんま! 綺麗な顔してるわね~♡♡♡」
「いえ、そんなことは……」
「あらっ! 謙虚なのね~」
「……手続き、進めてもらってもいいですか?」
「はいはーい♡ あっ、それにしても見学ってどうして? お知り合いでもいるの?」
「ええ。ここに最近、永良 悟行 って人が入りましたよね? その人に会いに――えっ……?」
「すっごい! 硬ぁ~い♡♡♡♡♡♡」
胸を揉まれた。
硬さを実感するためかやたらと強く。メチャクチャ痛い。跡が付きそうだ。制服を脱いだらおばちゃんの手の跡が……って、怖すぎない?
「若返るわぁ~~~!!!!!」
「あの、手続きを……」
「あらあらぁ! うふふっ♡ ごめんなさいね~、つい♡♡ こちらの用紙にご記入をお願いしま~す♡♡♡」
「……はい」
その後、僕はおばちゃんの熱視線とセクハラを躱 しつつ手続きを終えた。
幸いなことに、案内はここのスクールの若手のコーチが担ってくれることになった。
黒髪短髪ヘアー、小さな目が特徴的なおっとりとした雰囲気のお兄さんだ。心底ほっとする。
「悪いね。あのおばちゃんイケメンに目が無くってさ」
「……永良も?」
「ん?」
「永良も被害に遭っていたりするんですか?」
「あぁ~……厳巳君ほどじゃないけど、まあそれなりには――」
「具体的には?」
「え゛っ?」
「具体的には?」
「あっ、ああ! そうだね。頭とかお尻とかかな?」
………………あのババア。
「はっ、はは~っ、さっ、悟行と仲いいんだね~?」
「……ええ、まぁそれなりには」
途端に気持ちが沈んだ。
胸を張って『仲良しです』って言えない。それが悔しくて、悔しくて仕方がない。
「厳巳君? どうかした?」
「……いえ。何でもありませ――」
「そうだな~。やっぱスーッて落ちていくのが気持ちいいかな」
「っ!」
プールサイドに足を踏み入れるなり、聞き馴染みのある声が聞こえてきた。
永良だ。
永良だ……!
永良だッ!!!
「っ! ……~~っ」
バカか。何のために来たんだ。首を左右に振って気を引き締める。
永良はブーメラン型の水着姿だった。ストレッチをしながら頭一つ分大きな男の人と話しをしている。
その人も同じくブーメラン型の水着姿。糸目の落ち着いた雰囲気の人だ。大人っぽいけど、永良がタメ口で話しているあたり同い年なのかな?
「気持ちいいっておまっ、……怖くないわけ?」
「全然?」
「かぁ~~っ!! 妬けるなぁ~。それ一番最初の難関なんだぜ?」
「あ~、ははっ! 俺、昔っから高いところ好きだったからなぁ~」
「脚力といい度胸といい掘れば掘るほど出てくるね~~。頼もしいやら末恐ろしいやら何とやら……」
「ぐっ……」
「厳巳君……?」
自分の頬が引き攣 るのが分かった。
ああ、もうダメだ。限界だ。僕はポケットからメダルを取り出す。
「えっ? それって……」
青いリボンをグルグル巻きにして内側にそっと通した。コンパクトになったメダルを両手で包む。
「永良!!!」
「っ!?」
永良が振り返る。バチリと目が合った。
ああ、永良だ。
頬が、心が震えた。鼻の奥がつんっとして、目尻が熱くなる。
「~~っ」
僕は歯を食いしばって大きく振りかぶった。
「な゛っ!? ばっ、バカッ!!!」
投げた。表裏にくるくると回りながら飛んでいく。
「ぐおおおぉおぉおおお!!!!!」
永良が助走をつけて勢いよく跳ね上がった。高く、高く。僕の顎が天井を指す程に高く。
「くっ!!」
キャッチした。パシッと子気味のいい音を立てて。
「ぎゃあぁあああッ!!!?」
永良はそのまま前方へ。ダイビングプールに落下した。とても大きな水しぶきを上げて。
「……っふ」
気付けば僕は笑っていた。頬が緩む。ついでに口角も持ち上がって。
「ガハッ!! ゲホッ!! ゲホッ!!!」
永良がプールから上がる。その手にはしっかりとメダルが握られていた。
「ゆっ、ユキやん! 大丈夫――っ!? いいいいいっ、厳巳 豪ッ!?」
僕は糸目の先輩を制して永良の前に立った。咳込んでいた永良がきっと睨みつけてくる。
ともだちにシェアしよう!