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白の国の転生者と黒の国の王

 ナルキスが城に戻ると、クニヒロとクラトラストの距離はさらに近づいていた。ナルキスは目を見開き、唇を噛んだ。 「クラトラスト様」 「ナルキスか、蝿はどうした」 「潰して参りました」 「はっ、やはり雑魚か。ナルキス如きに傷一つつけられねぇとはな」 「お、おい……、何があったんだよ……」 「くくっ、蝿退治だ。よくあることだろ?」  クニヒロは何かに勘づいたようだ。意外にも頭は回るのか。蝿が何を意味するのか気が付いた。 「蝿ってデルフィエイダのことか!」  クニヒロの問いにクラトラストは愉快そうに笑うだけ。肯定することはないが、その笑みが答えだった。 「まさか、殺したのか……、デルフィエイダを!」 「さぁな!」 「なんで! そんなこと! あいつらは何も悪いことしてないのに!」 「ギャハハハ! あめぇな。砂糖菓子よりあめぇ。悪いことをしてない? 笑わせる。アルブム人がこの国に足を踏み入れたこと自体がもう罪なんだよ!」 「そんな、可笑しい、可笑しいだろ! そんなことくらいで、殺すなんて……」  クニヒロは膝を地面につけ、項垂れ、頭を搔き毟る。 「どうして……、デルフィエイダを……。デルフィエイダは何も悪くないのに……、こんなこと可笑しい……、可笑しい……、そうだ、可笑しいんだ!」  クニヒロは近くに置いてあったナイフを取り、クラトラストに向って突き刺そうとした。しかし、ナルキスによって呆気なく阻止されてしまった。 「なんだよ、面白いところだったのによ」 「申し訳ありません」 「ふんっ、てめぇは相変わらず面白みもねぇな、ナルキス」  クラトラストはナイフを奪われたクニヒロに顔を近づけた。絶望し、ガタガタと震えている。そんなクニヒロを無視してニタリと笑う。 「おい、クニヒロ。俺はな、これでもこの国の王様なんだよ。分かるだろ? てめぇはこの俺に刃を向けたんだ。ただでは済まさねぇよ。ナルキス、そいつを牢に戻しておけ」 「はい」 「は、はなせ! 俺は、俺は許さないからな! 俺は、俺は! クラトラスト!」 「威勢がいいな。ついさっきまで震えてたのによ。だが、少しは身の振り方を考えた方がいいぜ、お坊ちゃんよ」  クラトラストの笑い声が響く。クニヒロは小さく泣きながら、デルフィエイダを想った。  牢の中、壁により掛かるクニヒロにナルキスは食事を与えた。クニヒロはぐったりとしながら、目線だけをナルキスに向けた。 「何で……、何でさ……、何でデルフィエイダを殺したんだよ」 「それが王の命ですので」 「王の命だったら、何してもいいってのかよ! 可笑しいだろ、そんなの……、可笑しいだろ」  クニヒロはナルキスの襟を掴み、怒鳴るがナルキスは目には一切光が灯らない。クニヒロはそんなナルキスを見て、眉を寄せた。 「あんた、一体なんなんだよ」 「初めて牢でお会いしたとき、貴方は恐れを抱いていなかった。けれど、今はその逆の行動を取っている。そこまで、あの騎士たちが大切でしたか」 「そんなの当たり前だろ! あいつは、デルフィエイダは俺を、助けてくれたんだ」  クニヒロは学校に行こうと外に出た瞬間光で覆われた。気付いた頃にはこの世界に来ていた。恐ろしかった。全く知らない世界に連れてこられて。でも、アルブム国の人々はとても優しく接してくれた。デルフィエイダは怖がるクニヒロの背を擦ってくれた。嬉しかった。いつか恩返しをしようとそう思った。優しくしてくれたこの国の人のためにと。  デルフィエイダは不満を漏らしていた。アルブムは隣国ニガレオスにすべてを奪われていると。優れた科学者や技術者はニガレオスに行き、アルブム国が発展することを阻止される。ニガレオスはその優れた科学者や技術者の力を持って新たな技術を発明していると。クニヒロは異世界の知識を分け与えることにした。ただの高校生だったクニヒロだが、嵌ると一点集中してしまうタイプだ。だから、日常生活で必要となるものからマイナーな知識まで様々なことを教えられた。デルフィエイダはそれにとても喜んでいた。 「デルフィエイダは俺が知識を分けるとすごく喜んだ。そんで、そのお礼にって沢山色んなところに連れてってくれたよ。お前らに捕まる前にだって、俺が海に連れてってもらえた。すげぇ嬉しかった。なのに、お前は、お前らはそれを壊したんだ……、そんな平和な日常を壊したんだ! 返せよ! 返してくれよ!」  クニヒロは泣き崩れる。何度も何度も泣いて、泣き喚いて、この世の終わりかのように泣き叫ぶ。 「貴方の知識が、世界にどんな影響を与えるのか、貴方は知っていますか?」 「は……?」 「そうですか。……身体を崩さないように、食事はした方が良いと思いますよ」 「あんた、冷たいな、本当に」 「よく、言われます」  滝のように流れる涙をクニヒロは拭いながら、震える声で言葉を放つ。   「どうして、どうしてあんたはあんな自分勝手な王に従ってるんだよ。あんな、人の命をなんとも思ってない王様に」 「あの方は王ですので」 「答えになってない!」 「では、問います。貴方はなぜ、あの騎士をそこまで想うのですか」 「助けてくれたからに決まってるだろ!」 「それだけですか?」 「それだけって……」 「貴方の感情を私は察することができませんが、しかし一つ言えることがあります。貴方はとても弱く、そして想像力がない。いや、想像することを拒んでいる。いずれ分かるでしょう。貴方の犯した過ちを」 「過ちって……」 「それでは失礼します」  ナルキスが去った静かな牢獄の中、クニヒロは冷たい床で冷えたご飯を眺めるしかなかった。  牢から出たナルキスは目の前から迫ってくる男を見て顔を歪めた。 「分かりやすく嫌そうな顔をしますな、ナルキス殿」 「貴方が行った悪行を知れば、皆このような顔になるものです。アデルポル様」  「ははっ、悪行だなんて、そんなことしたつもりはありませんよ」  アデルポル。前王アルトプスの弟であり、現在はニガレオス国北東に位置するリオル領を取り仕切る貴族として存在している。普段無表情を貫いているナルキスが表情を歪めた理由は、アデルポルが前王弟の名を利用し、政治に口出しをしてくる為だ。    「今日は何をしに?」 「面白い人間を捕まえたと聞きまして」 「部外者の謁見は許されておりません」 「部外者? この私が? ははっ、ナルキス、貴様はいつからそんなにも偉くなった。私はクラトラストの叔父だぞ。貴様に指示される覚えはない。たかが、クラトラストの男娼のくせに。その顔があるからクラトラストの隣におれることを忘れるでない。」  アデルポルはそれだけを言い残し去っていく。ナルキスは拳を握りしめた。  暫くの間ナルキスはクラトラストの男娼と噂されていた。それは、王となったクラトラストが女に全く興味を持たないこと、ナルキスが女以上に美しく洗練されているためだ。しかし、ナルキスの剣技の才能を見て、いつからかそんな噂もなくなった。今でもそんな昔の音の葉もない噂を告げてくるのはアデルポルくらいだ。ナルキスがアデルポルを嫌うのはそんな噂を掘り返してくることも原因だ。 「私とて、クラトラスト様の男娼になれるのならば……」  気付かぬうちに声に出ていたナルキスはハッとした後、顔を横に振った。

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