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王位継承争いとナルキス
クラトラストとナルキスが学院を卒業し、二年の時が経った。ナルキスはクラトラストが所有する第九騎士団に入隊した。
『死の騎士団に入隊したしたらしいけど、元気そうで良かったよ』
手紙の最後にイトロスと名が書いている。ナルキスはその名を見て静かに笑った。
イトロスはクラトラストの御友人から外れたが、ナルキスとは手紙のやり取りが続いている。一年前まではイトロスと会っていたが、第九騎士団に入隊が確定してからは中々会う暇がなく、ポツポツと手紙を送るだけの仲となった。最近、城内が騒がしくなっている。その理由は、王であるアルトプスが病に倒れたからだ。長男のルベリアーデが次期王で間違いないと言われているが、次男であるフィレット派が騒がしいという。少なくとも九男であるクラトラストが王位継承争いに巻き込まれることは可能性として少ないとはいえ、何が起きるかわからない。気が抜けない日々を送っていた。
「ナルキス、帰るぞ」
「はい」
剣を収めたナルキスは戦場を去る。数千もの死体を踏み付け歩くのはとても不快だ。第九騎士団は戦場を好むクラトラストの率いる騎士団。当然の如く、死地に立たせられることが多い。そこでついた渾名が死の騎士団である。死に急ぎたくない者は決して入隊せず、欲望のまま生きる人間のみで構成された組織だった。今回の敵は反乱軍。ただの民間人で出来た敵を制圧するのはあまりに容易だ。クラトラストは彼らの弱さに呆れ利き腕ではない左手で戦っていた。舐め腐った戦いだったが第九騎士団に死者が出ることなく戦は終わった。
戦から帰ってきたら日常が変わっていた。クラトラストに従者が近づき、報告をした。
「報告致します。先程、アルトプス様が逝去されました」
もう長い命ではないことは知っていた。クラトラストは眉一つ動かさず、頷いた。しかし、従者は退出せず、その場に伏せている。クラトラストの顔色を伺いながらも言葉を発した。
「王の寝室に遺書がございました。次期王の件で記載があり……、その……」
「早く言え」
「はい、記載内容はこのようになります! 御兄弟で殺し合いを行い、生き残った者が次期王とすると。必ず殺し合い、複数生き残ることは決して許さぬとのことです」
それは、静かな幕開けだった。
誰がどのように出るか、見合っている状況。クラトラストは普段通り戦に出ては勝利を収めていた。そして、数週間が経ち、突然火蓋は切って落とされた。
「報告致します。第三王子がお亡くなりになられました」
ナルキスはクラトラストを見る。第三王子といえば、クラトラストのことを唯一気に掛けていた兄弟である。とても優しく、心の広い人。クラトラストの凶暴性でさえ包み込んでくれていた人だ。
「犯人は恐らく第八王子かと……」
第八王子ゲイジルシアはクラトラストと同い歳の男だ。無論、双子ではない。母が違い、クラトラストは漆黒の髪を揺らしているが、ゲイジルシアは銀色の髪を下げている。同い年とあって、何かとクラトラストに突っかかってきていたが、クラトラストはいつも相手にすることすらしなかった。
「クラスト……」
ナルキスが声を掛ける。しかしクラトラストは前王の逝去の報告と同様に狼狽えることをしない。
「俺は弱ぇ奴に興味ねぇ。あれならすぐに殺されんだろ」
クラトラストは動く気がない。であれば、ナルキスも動く理由はない。他の兄弟も最強と謳われるクラトラストに表立って喧嘩は振らないはずだ。仮に戦うとして兵を固めてからのはず。静観もまた一つの戦法とナルキスは考えていた。
だが、第三王子の死から一週間。六人の兄弟が死亡した。十三人もいた兄弟が六人まで減ってしまったのだ。生き残った兄弟達もいつ心臓に剣を突き立てられるか恐れている。緊張感が溢れる中、クラトラストの周りでも厳戒態勢が引かれていた。月に一度の暗殺者が、最近では毎日訪れるようになった。ナルキスが処理をすることが多いが、クラトラスト直々に暗殺者の首を掴み歩いていることもある。
「クラスト、このままじゃ埒が明かない。第八王子を処理してもいいんじゃないか」
「うるせぇな。俺に指図すんなよ、ナルキス」
「だが、暗殺者を送り込んでるのはゲイジルシアだ」
「ふんっ、何度も言ってんだろ。俺は弱い奴に興味がないんだよ」
欠伸をしている。あまりに緊張感がない。ナルキスは溜息をついてその場を離れる。恐らくクラトラストに何を言っても無駄だ。
六人の兄弟の死はゲイジルシアの手の者の仕業だけではないだろう。十一、十二、十三の王子は幼く弱い。確実に射止められる彼らを殺したのは弱者には強く出るゲイジルシアで間違いない。だが、第四王子、第五王子、第七王子を殺したのは恐らく別の王子だ。特に第四王子ネルサダはクラトラストに次いでの戦闘狂。容易に殺せるはずがない。
「誰が動いている」
クラトラストを除いた五人の兄弟。第一王子ルベリアーデ、第二王子フィレット、第六王子ユナリオ、第八王子ゲイジルシア、第十王子カルロ。第一王子と第二王子は互いに牽制し合っている。兵の数が多いが、互いに大量の兵を失わんと慎重に出ているはずだ。第六王子のユナリオは病弱で気も弱い。兵も少なく自身を守ることで手一杯のはず。第八王子のゲイジルシアは第四王子のネルサダを殺せるほどの力量はない。では、第十王子のカルロか。
「カルロ。第十王子か」
カルロといえば、心優しい青年で通っている。クラトラストの二つ年下で、今年学院を卒業する。成績は優秀、剣技の才はそこそこだが、薬学の知識があるという。自身の持つ騎士団の中に薬学専門の部隊を作ったとか。
「薬……」
確かネルサダの死因は、毒。一致している。しかし、あのネルサダがみすみす毒にやられて死ぬだろうか。
ナルキスは考える。厳戒態勢の中、隙を見て毒を入れるには。仲間の裏切りか? いや、ネルサダは仲間という概念を持っていない。兵のことは駒としてしか見ていない。毒味役を通さず物を食べるはずがない。ならば、なんだ。ネルサダが油断し毒味役を通さず食事をする。
「カルロとネルサダに特別仲が良かったわけではない、弟だからと受け取る筈が……」
「ナルキス! 漸く会えた」
聞き覚えのある声。ナルキスが顔を上げると、そこにはイトロスがいた。ナルキスは驚いて声を上げた。
「驚いた。イトロス、なぜここにいる」
「なぜって、ここならナルキスに会えるだろうって思ってさ」
ナルキスは気付かぬうちにクラトラストの住む屋敷から出ていたらしい。鍛錬場の角で一人座っていた。
「お前、悩むとすぐここに来るからさ。分かる。何悩んでんだよ」
「第四王子を殺した犯人のことだ」
「犯人か……、まぁそんなことだろうとは思ったけどよ」
「第十王子が加担してそうだとは思ってる」
「そうか、そうだなぁ……。カルロ様か……、確かに致死量の毒を無味無臭で作れる技術を持つのはカルロ様くらいだな」
「やけに詳しいな」
「そりゃ、分野は違うけど噂ではよく聞くよ。薬学の知識は持たなきゃならないしな。カルロ様は薬に関しては強い信念を持っているが、薬以外には興味を持たないって聞いてるよ」
「薬と毒は正反対の物だが作れるのか」
「そりゃ、薬は毒にもなるし、毒が薬になることもある。まぁ、カルロ様に関しては毒を作るのが密かな趣味で人体実験を夜な夜なしてるって噂だけどな。自分が作った毒の威力がどれだけのものか知るために誰かに差し出すこともあるだろうよ」
「その噂を第四王子が知らないはずがないか……となると、第十王子の持ってきたものを食べるはずないな。やはり犯人は他に……、だれだ」
「それは分かんねぇけど。あっ、でも、ネルサダ様はユナリオ様のこと気に入ってたらしいぜ。ほら、ネルサダ様って、美形好きって噂もあるだろ? ユナリオ様は華奢で見た目も美しいから」
ニガレオス国の王子は皆洗練されている。王は無類の美人好きだったため、各地の美人を嫁にした。王子達の美は皆その遺伝と言われている。第四王子ネルサダはそんな父の血を引いてか美人を好むようになった。ただ、父親と違い美しければ性別を問わないところがある。さらに、求める美の形はクラトラストのような力強い美ではなく、華奢で控えめ、どこか弱々しくも凛と咲くような美である。つまり、病弱な王子のユナリオはネルサダにとって理想の美であった。そんな理想から茶に誘われ、あまつさえ、キスの一つでもしたら油断が生まれても可笑しくない。
「そうか、ならば敵は第六王子の派閥」
まさか病弱の王子が人を殺すまで生に貪欲だったとは思わなかったが。しかし、生き残っている王子の中で最も油断する相手は間違いなく第六王子である。
「イトロス、ありがとう。助かった」
「悩み事解決できて良かったよ。あっ、それで本題だけどよ、俺、学会に参加出来るようになったんだ」
「学会って確か……」
「ああ、教授のコネもあるけど、ニガレオスの医術の最先端をいち早く知ることができる機会なんてなかなか無い。それに、俺も少しだけど発表できる機会も貰えたんだ」
「そっか……、良かった。イトロス。その若さで学会参加は中々できることじゃないだろう。ニガレオス一の医者も夢じゃないな」
「褒めるなよ、照れるだろ。……それで、準備があるからここ数ヶ月は手紙も送れない、ごめんな」
「いや、それは別にいい。それより、応援してるよ、イトロス」
「……ありがとう、ナルキス。ナルキスも気をつけてな。お前とクラトラストだ。心配することはないだろうけど」
「ああ、大丈夫だ。心配ない。クラストは私が命をかけて護る」
「俺はナルキスのことを心配してるんだけど、まぁ、お前なら大丈夫か。まっ、お互い頑張ろうな。学会終わったらまた手紙送るよ」
ナルキスは笑って頷く。
敵は第六王子ユナリオ。ナルキスはユナリオに怪しい動きがないか調べ始めた。
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