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死の騎士団とクラトラスト

 第六王子のユナリオが犯人の可能性がある。憶測ではあるが、今一番可能性のある人物だ。ナルキスはクラトラストに進言しようと再度屋敷に戻ってきたが、屋敷の中がやけに騷しい。近くにいた同僚の騎士にナルキスは声を掛けた。 「どうした、何かあったのか」 「ナルキス! あ、ああ。先程ユナリオ様が屋敷にお越しになった」 「なんだと!」  ナルキスはクラトラストの部屋へ走った。ドアを開けると、クラトラストは笑いながら焼き菓子を握り潰していた。 「クラスト……?」 「うるせぇな、ナルキス」 「さっき、第六王子が来たと聞いて」  粉々になった焼き菓子を見る。   「これか? 毒入り菓子だ」 「なっ!」  ナルキスは焦りながらクラトラストの体調を伺う。だが、余裕のある笑みで粉々の焼き菓子を床に落としていた。 「体調に変化は……」 「ある訳ねぇだろ、おれはアホネルサダみてぇな油断はしねぇよ」 「……っ、知っていたのか」 「あたりめぇだろ、あのアホが死ぬくらいだ。よっぽどの美人に騙されたのはちげぇねぇ。まぁ、愛しのユナリオに殺されたんだ。死後の世界があるなら喜んで踊り狂ってるだろうよ」  毒を盛られそうになったというのに、クラトラストはどこか機嫌が良い。ナルキスは毒を握り締めた手を見ながらも、クラトラストの言葉を待つ。 「ハッ、ナルキス。戦争だ」 「戦争……? まさか、第六王子と戦うのか」 「お前も望んでいたことだろうが」 「だが、第六王子は虚弱な体質。クラストが出張るまでも……」 「さっきな、ユナリオが騎士を連れてきた。見たことがねぇ騎士だったが、久々に本気でやり合えそうな男だった」  クラトラストがそこまで言う男。ナルキスはゴクリと息を呑む。この国で最強の男クラトラスト。その最強を決めたのは剣技大会でのこと。剣を持つ国民全てが参加しているといっても過言ではないほど大きな大会だ。その大会でクラトラストは優勝し、現最強として君臨し続けている。しかし、極稀に大会に出場しないものがいる。恐らく、クラトラストが初めて見る強者であるからして、ユナリオの騎士も何らかの理由で出場をしなかったのだろう。クラトラストはクツクツと楽しそうに笑う。一方のナルキスは漸く王位継承争いに参加してくれると安心したような不安に思うような微妙な気持ちでクラトラストを見ていた。  クラトラストが動くのは3日後。ユナリオが医者に診て貰うため外出する日だ。クラトラストはユナリオの屋敷を奇襲すればユナリオを取り逃す可能性があると言った。だから、狙うのは外でと決めた。しかし、それは体の良い言い訳だ。ナルキスは知っている。屋敷ではユナリオの騎士に真っ先に戦いを挑めない。だから見渡しの良い場所で奇襲をかけるのだと。 「それにしても……第六王子の騎士は……」  ナルキスは奇襲に辺りユナリオの騎士団について調べていた。ニガレオス国民であるからには一人一人実力はある。だが、ユナリオの持つ第六騎士団はそこそこの実力しか持っていないようだ。現に騎士たちは剣技大会ですぐに敗北をしていた。分かってはいたがすぐに終わりそうな戦いだ。しかし、油断はできない。第十王子と手を組んでいる可能性も十分あるのだ。そして、クラトラストの話すユナリオの騎士。調べると名をキリュウというらしい。変わった名である上、褐色肌でガタイもいい。噂になっても可笑しくない人物だが、情報は一切無い。 「ユナリオの騎士キリュウ。なぜ今まで噂にならなかったのか。まぁ、いい。どうせ死する男のことだ」  ナルキスは思考を止め、資料を机の上においた。そういえば、久しぶりの戦いだ。壁に立てかけていた剣を持ち、鞘を抜いた。刃に映るナルキスの顔。燃え上がる気持ち。早く剣を振りたいと思いながら、剣を磨こうと席をたった。  そして、3日後。馬に乗った第九騎士団の面々。久々の戦に皆興奮しているようだ。ナルキスも同様、心臓を高鳴らせる。 「いいか、おめぇら。褐色のデケェ男は俺の獲物だ! てめぇらはそこら辺の雑魚だけ戦え! 容赦をいらねぇ、行くぞ!」  クラトラストの掛け声により、一斉に茂みから飛び出した。愛馬を走らせる。街から少し離れた場所。騎士らはユナリオが乗っていると思われる馬車が見えた瞬間に剣を抜いた。しかし、その時突然馬が暴れ始めた。あまりに急なことで、体制を保てなかった騎士等は地面に叩き落される。後方の者たちはそれを察知し、いち早く馬を止め状況を見極める。微かに香る刺激臭。何かしらの毒を撒いたかと、騎士等は馬をなだめながらクラトラストに伝えようとした。だが今度は大量の矢が空から降り落ちてきた。盾と剣で防いでいくクラトラストの騎士団だが、矢は馬の足にあたり騎士等を地面に落としてゆく。落ちた騎士。大量の兵が落馬をした。必死で立ち上がるが、眼の前には馬に乗った敵兵が既に槍を構えていた。  矢はクラトラストの頭上にも振り始めた。だがナルキスが全ての矢を剣で振り落とした。そして、弓を持った兵を前へ出させ、一斉に弓を引かせた。クラトラストの騎士団が放った矢は放物線を描き、弓を引いていた敵兵達に命中させていった。  ナルキスはクラトラストに声を掛ける。   「まんまとやられたな。相手の策に引っかかった。あの馬車は囮だ」 「俺が策に引っかかるだぁ?寝言は寝ていえ」 「じゃあ、どうする。被害状況は最悪だ」 「馬に落ちた騎士は槍で貫かれるだけかって? お前、今まで何見てきたんだよ。この俺の騎士団が地面に這いつくばって野垂れ死ぬだけと思ってんのか?」  死の騎士団。クラトラストの騎士団がそう呼ばれる所以は、どんな過酷な戦況でも覆し勝利を収めてきたためだ。そして、騎士団は勝利を収めるためには死を持ってしても戦い続ける。ナルキスが部隊を見ると、落馬したはずの騎士は立ち上がり剣で敵の馬を切り落としている。槍で貫かれたはずの騎士は槍を掴んだまま決して離さないでいる。 「ここ最近の戦いはぬるかったからな、お前見んのはじめてだろ。俺の騎士によえぇ奴はいねぇんだよ。これから先、死んでも戦い続けたくねぇならさっさと消えろ、ナルキス」 「クラスト……。私は貴方に忠誠を誓っているよ。だから私は死んだあとも貴方を護り続ける」 「ハッ、言っとけ」  ナルキスが騎士団に入って二年。それ以前は戦に参加させてもらえなかった。どれだけ剣技大会で実力を示そうと学院生という理由で戦の場には立たせてもらえなかった。しかし、クラトラストは学院時代も騎士団を率いていた。戦の数が増えたのはここ数年のことだが、ナルキスより修羅場の数が違う。幾度となく追い込まれ、死の騎士団という名を遺憾なく発揮してきたのだろう。ナルキスは誓う。それでもなお、クラトラストの側にいる。決して離れず、そして必ずクラトラストの一番の従者になることを。今はまだ友人だ。だが、その背中を預けてもらえるくらいに信頼を勝ち取るのだ。  ナルキスは馬を走らせる。剣を抜き、敵を捌いていく。 「ナルキス! てめぇ! 俺より前に出んな!」 「クラスト! 私も覚悟は出来ている。だから、貴方は黙ってキリュウを相手すればいい! 囮だなんだと言っているが、あそこにキリュウがいるのだろう! キリュウをやれば、第六王子も自ずと落ちたと言っても過言ではない!」 「おめぇに言われるまでもねぇよ! チッ、退け、俺の獲物に手を出してみろ、全員掻っ切るぞ!!」   

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