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ユナリオとキリュウ
ユナリオとキリュウ
ユナリオは通りかけた空家を見つけると、そこにキリュウを運んだ。まだ手が震えている。クラトラストが怖かったからではない。あと一歩遅れていたらキリュウが死んでいたという事実にだ。
「僕、最低だね」
「ユナリオ様……?」
「喋らないで、傷口開いちゃうから」
「ユナリオ様は、ゲホッ、最低ではありません」
「ふふ、そんなことない。だって、僕、僕の騎士団を置いて、キリュウだけを助けたんだから。最低最悪の人間だよ。皆が死んでもなんとも思わなかった。でも、キリュウが死にそうになったところを見て駆け出しちゃった」
「ユナリオ様は……どうしてあそこに……いたのですか」
「喋らないでって。僕だけ逃げるのは違うと思ったんだ。だから馬に乗って来たんだ」
「危うい道を渡られる」
「どちらにしても、君たちが負ければ僕も死んだも同然だよ。僕に使い道はもう残されていないだろうし」
「ユナリオ様……」
死を待つだけなら、君と一緒に死にたい。生を歩めるなら、君と一緒に生きたい。君だけはずっと側にいてくれたから。
「逃げよう! もう、ここにいても希望はない」
「どこに逃げると言うのですか」
キィィと扉が開く。ユナリオは扉の先にいた人物を見て顔面蒼白となった。今、二番目に会いたくなかった相手。クラトラストの友人であり、剣技大会二位の実力者。
「ナルキス……」
ユナリオとキリュウが逃げて行く。黒い煙幕が生えた時には、二人はかなた遠くにいた。
「クラスト、どうする」
「逃げ出す相手に俺は興味ねぇ、ナルキス、てめぇが行け」
「はい」
馬に飛び乗り、二人を追う。キリュウは傷を負っているからして、遠くには逃げられないだろう。そうなれば、少しの間身を隠せる場所にいると考えられる。
「あそこか……」
微かに血の匂いがする。小さな空き家。扉の間に血痕が見えた。
剣を抜き、ナルキスは扉を開けた。
カタカタと震えるユナリオとキリュウ。キリュウは怪我をしているというのに、無理に立ち上がりユナリオの前に出る。まるでお姫様と騎士と言ったところだ。
「キリュウ……」
「大丈夫です、私が必ず貴方を護る」
「駄目だよ、怪我が広がる!」
血だらけの男。クラトラストとやり合ってよく生き残ったものだ。それだけで、彼はよくやったと言える。まさにゾンビのように戦い続ける死の騎士団に欲しい逸材。しかし、勧誘したところで手を握られることはないだろう。
「キリュウ! やめて! ねぇ、ナルキス、お願いだ。僕の命が欲しいんだろう! それならいくらでも差し出すよ! だから、お願い、お願いだから、キリュウを見逃して! お願い、お願い、お願いだから……」
「……」
ユナリオは瞳に涙を溜め、必死に願いをこう。ナルキスは剣を持ち上げた。ユナリオはギュッと目を瞑る。キリュウが咄嗟にユナリオを抱き締めた。
「いやっ!」
地面に突き刺さる剣。ナルキスはぽとりと落ちた黒い髪を持ち上げた。
「なんで……」
ユナリオの長かった髪がナルキスの手にある。
ユナリオは理由がわからずナルキスを見た。
「貴方はもう、ニガレオス国民ではない。王子でもない。ただのアルブムの一般市民。私は忙しい身です。アルブムの不法入国者がいてもどうすることも出来ない。南の地エルガー領に私の知人がいます。その方に不法入国者だと名乗り、アルブムへ戻りなさい」
ナルキスは剣を下ろし、鞘に納める。
「クラトラストを、裏切るの」
「私はクラストに忠誠を誓っています。私はクラストが望むことしかしない」
それじゃあ、まるでユナリオもキリュウもクラトラストが逃したいかのようだ。そんなわけがない。けれど、ナルキスの親しげなクラトラストの渾名に、ユナリオには見えないクラトラストの本当の姿があるのかもしれないと思った。
「ありがとう」
助けられた。助かった。ユナリオは涙を抑え、キリュウに抱きつく。ナルキスは黙って小屋から出ようと足を傾ける。
「待て、ナルキス」
しかし、キリュウの声にぴたりと身体を止めた。
「アルブムの人間はよく喋るようですね」
「……礼を言う」
「私は何もしていません。不法入国者をこの国から排除させたいだけですので」
「そうか……。それなら、独り言だと思って聞いてくれ。第二王子には気を付けろ。クラトラスト……王子は問題ないだろう。だが、もし貴方に友人や恋人がいるのなら今のうちに縁を切った方が良い。第二王子は平気で人の大切なものを奪おうとする」
「……助言をありがとうございます。私は戻ります。ああ、一つ言い忘れていました。次、ニガレオスで貴方がたの姿を見かけるようなことがあれば速効首を切り捨てます。それともう一つ。アルブムの医療機関はニガレオスに劣ります。しかし、アルブム国民はニガレオス国民より長生きだと聞いたことがあります。ああ、失礼。アルブム国民の貴方であれば知っていますか、それでは失礼。二度と顔を見ることがないように祈ります」
ナルキスは去ると、ユナリオとキリュウはフッと息を吐いた。重い空気だった。いつ殺されるか分からない。けれど彼は見逃してくれた。生きれる。まだ生きれる。
「まずはここから離れないと。いつ顔を合わせるか分からないし。たぶん、僕らは死んだことにされる」
「ユナリオ様、体調は?」
「僕は不思議と安定してるよ。薬は前に貰っていたものが残ってる。アルブムに着くまでの分くらいならなんとかなりそう。それより、キリュウの方が大変だよ」
「私は問題ありません。傷はありますが、まだ動けます」
「申し訳ないけど、手当は街を出てからにしようか。ああ、それと、ユナリオ。僕は今日からただのユナリオだから」
「はぁ」
「だから、ユナリオって呼んで」
「そ! そんなことは!」
「ナルキスも言ってた。僕は今ただのアルブム国民だって。向上心の欠片もないただのね。元々アルブム国民みたいだって言われてたからいいけどさ。ね? キリュウ。一緒に、アルブムに行ってくれる?」
ユナリオは気丈に振る舞いならも震えていた。キリュウはそれに気付きユナリオを強く抱き締めた。
「私は貴方のためにある。共に行かせてくれるというなら私は貴方と共にありたい」
「ごめんね、ごめんね、ありがとう」
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