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第5話
目が覚めたヒイロがまず初めにしたことは、情けないとは思いつつあらぬところの痛みに顔を歪めたことだった。
「ち…っくしょう…」
シーツを握りしめながら起き上がり、ようやくベッドの上に座る。
「男にやられちまった…」
自重気味に笑うが、最中のことはうろ覚えだった。
エルセイウの優しい言葉とか部分的に覚えているが、もう最初は何しやがる!だったが、その後はなんだか訳が分からぬまま気持ちがいいやら痛いやらで記憶がぐちゃぐちゃだ。
『辛くはしたくない…』
と言う言葉を鮮明に覚えている…が、痛いものは痛い。
それでも、さまざまな恐怖感はエルセイウのそう言った言葉や手の動き等で、かきけされ、なけなしに残っていた『女の子ともまだなのに』という男のプライドまでもないものとされてしまった。
身体、特に下半身は綺麗に拭われていて、新しい下着とバスローブが着せられていた。
まあ、あんだけの姿晒したら、今更身体を拭われたくらいはどうってことはない。
部屋を見回すと、そこは最初に自分が通された部屋だった。
すでに昼を回っているかのような陽の光が少し眩しい。
しばらく窓の外をぼんやりと見ていたヒイロは、自分の中で何かが吹っ切れたのを感じた。
それは諦めとかそう言ったものではなく、決意めいた何かだった。
「目が覚めたのか」
ドアが開いてエルセイウが入ってきた。
「おはよう エリー」
ヒイロはドアに向けた顔を微笑ませて…そして親しそうな呼称でエルセイウを呼ぶ。
顔も見てはくれないだろうと思ってやってきたエルセイウも、ヒイロの笑みに少なからず驚いてた。
「おはよう」
驚きを苦笑で返してエリーはドアを閉める。
「思ったより元気なので安心した」
そう言って近寄り、ヒイロの髪に触れようと手を伸ばしたが、その手はやんわりと払いのけられた。
「元気がないとでも思ってたのか?強姦されたからってこの場でそうそう落ち込んじゃ居られないよ」
不敵に笑って、エリーの目を見つめる。
「所で…丈はどうなるんだ。俺の出方次第だって言ってたけどさ、こうしてあんたと寝てれば丈は無事に日本へ帰して貰えるのか?」
エリーの眉がほんの少しだけしかめられた。
ヒイロが何かを決意しているようだった。
それがなんなのかは判らないが、確かにヒイロは何かを決意いる。
それが仲間になる決意ならいいのだが…とエリーは少し不穏な気配を感じていた。
「ジョウは、お前が満月の日まで大人しくここにいられたら、約束通り返してやろうと思ってはいるが」
「やっぱり人質か」
皮肉にそう笑って、ヒイロは次にため息をつく。
「俺は両親を8歳の時に亡くしてから、ずっと丈の家で育ったんだ。家族みんないい人達だ。怒る時も褒める時も、実の子供と同じように分け隔てなく育ててくれて、本当に感謝してる。そんな人たちの元へ、丈だけは返してやりたい。俺が大人しくしてれば丈に危害を加えたりしないんだろ?頼むぜ、エリー」
そういってヒイロは笑った。エルセイウは無言でヒイロの話を聞き、そして表情を変えぬまま
「わかった…」
と、答えた。
それから半月の間、エルセイウはヒイロを毎晩求め、ヒイロもそれを当たり前のように受けるようになっていた。
その間ヒイロはようやく教えてもらった丈の眠る部屋に通い、丈の無事を確かめることを毎日繰り返している。
「今日も元気そうだな丈。あと少しで帰れるからな。もうちょっとの辛抱だ」
ベッドサイドに座って丈の髪を撫で上げてやる。
「なんでかな…結界のせいなのか、お前髪伸びたな。帰る時バレンティンにでも切って貰えよ。俺はお前が目覚めた時には会えないから…」
寂しそうに笑って、ヒイロは立ち上がった。
「明後日だ。明後日にはお前はもう自由だからな」
ここしばらくそうであるように、ヒイロは諦め切った顔で丈をみつめて
「また明日来るから…。それが最後だ」
と言い残して、部屋を後にする。
そのヒイロの表情は、エルセイウも気にかけていた。
あの日以来、ヒイロは何事にも無気力なのだ。食事にしろ、徐々に回復してきたリムと話す時にしろ、そしてエルセイウに身を任せる時にしろ、その時々にはきちんと行動はするが、何か空虚で何もしていない時は常にぼんやりとしている。
ヒイロが何かを考えていることはわかるのだ。しかしそれがなんなのかエルセイウには…いや誰にもわからないことだ。
エルセイウは、毎晩肌を重ねるごとに遠い過去の恋を思い起こし、これから長くを共にするヒイロに気持ちを持っていかれないよう努めるのが段々苦しくなってきていた。
同じことは繰り返してはいけない。
自分はもう人を好きになることはない、とエイダの時に決めた筈なのに、目の前のヒイロが何か決意しているような感覚に、気持ちが揺るがされる。
何を考えているのか知りたい。伝えてほしいとさえ思うが、自分の気持ちなどはヒイロにはどうでもいいに違いないと思うことすら胸が痛い。
バレンティンには見透かされていて
「リムが吸血したら、君の者になるじゃないか。もう少し我慢しなよ」
と朝一番に言われていた。
しかしその言葉もなんだかしっくりこない。ヒイロが今何を考えているのか。それが酷く胸を騒がせていた。
「ヒイロ…」
エルセイウは後ろからヒイロを抱きしめ、耳を軽く噛む。
「まだ明るいよ、エリー」
シャツの前ボタンを外すエルセイウの指に手をかけて、ヒイロは首を傾げた。
「関係ない」
外してしまったシャツをはだけて、ヒイロの胸の飾りを転がす。
「やーめろって、、もう…」
クスクス笑って、ヒイロはエルセイウの腕の中で向きを変えた。
「我慢の利かない吸血鬼だな」
エルセイウの両頬を包むように挟んで、唇をぶつけるようなキスをすると、エルセイウは笑ってー優しくやってくれーとキスを返し、それは深く絡み合うキスだった。
ヒイロの変貌はエルセイウには痛い感情だ。
その感情を無くすように、エルセイウは毎日ヒイロを抱いている。こんなにも翻弄されている自分に半ば腹を立てながらも、毎日ヒイロを自由にしていた。
「んんっ…ぁ…ああぁ」
エルセイウの侵入にヒイロの唇が緩やかに開かれてゆく。
ヒイロの両手を顔の両脇に両手で縫い止めて、エルセイウは腰をすすめ、そしてヒイロはその腰に足を絡めた。
「っ…ぁあ…ああ…んっ」
足をギュッと締め付け、ヒイロは結合部分をより深く押し付け自ら快感を追い求める。
目を開けるとエルセイウと目があった。
いつも優しく見てくれるエルセイウが、今日は切ない顔をしている。
「どうした…?」
言いながら首に両手を回した。
「何が…?」
問い返しながら腰を揺らす。
「っんっ…泣きそうな顔してる…ぞ…」
奥を突かれて快感に身悶えしながら、やっとの思いで言葉を繋いだ。
「お前がそういう顔をしているからそう見えるんじゃないか?」
頬に唇を寄せてキスをして、そのキスは頬から耳、耳からこめかみ、こめかみから瞼へ…そして唇へとゆっくりと降りてくる。
「ん…俺…?んん…そんな顔してる?んっ」
愛おしそうに降ってくる唇を、ちゃんと意図を読み取ってヒイロは受け止めた。
俺は…エルセイウ が好きなんだな…そしてエルセイウ も…
だってキスがすごく優しい。
ヒイロはこんな行為はここで初めて行ったが、最初の頃と今ではエルセイウの自分への触れ方が違うことくらいはわかってきていた。
『ああ…明日、丈とお別れなのに…丈を返したら俺は……。俺は今エルセイウ に変な感情を持つ暇はないはずなんだ…けど…』
揺らされながら、気持ちの整理がつかないでいるヒイロは、不意に激しい突上げに背を反らせる。
「あっああっんっあっあっあぁ」
「ヒイロ…」
自分を呼ぶ声に、薄く目を開けて目を合わせてみるが、何かを言いかけてエルセイウは黙ってしまった。
そしてより強く攻め立て始め、ヒイロの上半身を持ち上げると下から突き上げるように今度は縦に揺さぶってくる。
「はっああっ!やっ…だ…これ…だ…だめ…ぅっうんっあぁ」
エルセイウの肩に両手をついて伸び上がるように逃げようとするが、それは許されなくて腰をつかまれ上下に揺らされて背を後ろにそらすことしかできない。
「あっあぁっんっんんんっやっやぁ」
二人の間でヒイロのものは擦れ、手で触れない快感が背筋を走り、より深く突かれ続けている箇所は熱くて…気持ちよくて、ヒイロは意識が飛びそうになるのをこれるのがやっとだ。
「もっとだ…もっと乱れて…俺にその姿を見せてくれ…」
この時だけがヒイロがまともでいると思うエルセイウは、殊更激しく攻め立てヒイロを翻弄する。
「はぁ…あぁ…いい…あ…いい…気持ちぃ…」
快楽に完全に身を委ねた声がヒイロからもれた。
「もっと…もっと感じろ…」
ヒイロの胸に舌を這わせ、突起に軽く噛み付いて益々の刺激を与えながら、エルセイウは言葉で煽る。
胸を噛まれ、言葉に惑わされヒイロは背をそらせ二人の間で果て、そうしてほぼ同時にエルセイウもヒイロの中へと弾けていった。
次の日…つまり満月を明日に控えた日であるわけだが、ヒイロは朝から丈の部屋へ入り、食事以外は絶対部屋から出てくることはなかった。
明日の朝、丈はイフリムによって目覚めさせられるが、その折眠る前の数日の記憶とヒイロのこと全てが丈の頭から抹消されると言う。
ヒイロは丈の眠るベッドの脇に椅子を置いて、そこで本を読みながら時折丈を見てはまた本を読むと言うことを繰り返していた。
「一緒に居られんのも今日が最後だな…」
パタンと本を閉じて、丈の顔をじっと見つめる。見詰めながらヒイロは一つの考えに行き当たった。
『俺…一緒に帰っていいいって言われたら…どうすんだろ…』
その答えは考える間もなく『帰らない』であることが自分で容易に想像ができる。
言い訳としては、長年の吸血鬼の研究のせいだとか、エルセイウ に凌辱された身体で一般社会には帰れないとか色々あるのだ。
しかし、そういった嘘を自分自身につかねばならない本当の理由を、ヒイロは認めることができないでいた。
それはそうだろう…それは帰ることよりも、丈よりも、認められない理由 を取ったのだから。
「丈、ごめんな。お前の親友は、男に…まして吸血鬼なんていう魔物に犯られちまった上に、その憎むべき相手を憎からず思っちまってる変なやつだったんだ」
ヒイロは笑った。
「だから…この償いは自分でつけるから…許してくれよな…」
そう言って、眠る丈の唇に唇を当てる。
「俺のファーストキスじゃなくてごめん。こんなことになるならさ、丈に告られた時に、丈にあげればよかったな…俺の初めて全部…」
今度は本当におかしそうに笑った。
実際ヒイロは、何年か前に丈から告白を受けていたのである。
しかしそれは、丈のために応えないでいた。気まずくなるのも嫌だったし、そんなに自分のことを好いてくれているのだったら、今よりももっと解り合える親友になれると思った。だからヒイロはフィジカルな面で敢えて丈に応えようとは思わなかった。
色々思いながら丈見ていた1日も、次第に暗くなり部屋に灯りが灯されるほどになる。
何の作用か、この屋敷は暗くなると自然と灯りが灯った。
「もう暗くなってきちゃったよ…丈」
窓際へ歩いてゆき、外の様子を伺ってヒイロはカーテンを閉める。
「今日はお前の隣で寝かせてもらえることになったから…小学生以来だな」
ヒイロは再び微笑んで元の椅子へ戻った。
その一瞬間を置いて、バレンティンがー夕食の準備できたよーとドアをノックした。
ヒイロが目を覚ました時には太陽はもう中天を指していた。
ーこんな禍々しい結界の中でも、太陽は眩しいんだから腹立たしいな…ー
漠然とそんなことを考えて、ヒイロは一度開けた目をもう一度瞑った。
昨夜、丈と2人で並んで寝たはずのベッドの隣には既に丈の姿は消えている。
「俺の寝汚なさもこんな時ばかりは恨めしいな…」
丈が起きても会わないと決めてはいたが、こうして黙って消えられるとなんだかやはり寂しい。
「ヒイロ、起きたか」
ノックの音をさせながら、エルセイウがやってきた。
ヒイロはドアへ背を向けたままの寝姿で、返事もせずにいる。
「丈は行ったぞ」
エルセイウが、昨日ヒイロが座っていたベッドサイドの椅子に腰掛けると
ヒイロはやっと寝返りをして振り向いた。
「元気に帰ったか?」
「ああ、朝食もしっかり取って、バレンティンが大使館まで送って行った。森で事故に遭って半月面倒を見ていたと言うことにしてな」
「そっか…」
口元まで毛布を引き上げて天井を見つめたヒイロは、いきなり起き上がってエルセイウを引き寄せる。
「どうした…?」
親友と言っていた丈がいなくなり流石にヒイロも寂しいだろうと、エルセイウもヒイロを抱きしめ髪を撫でた。
しかし
「やろうぜ…エリー」
ヒイロからは中々熱烈な言葉が返ってくる。
自ら求めてきたキスは最初から舌を絡ませる激しいもの。
「なあ…エリーいいだろ…」
そう言って、ますます深く舌を侵入させエリーの舌に絡みつかせるように蠢かせる。
キスをしながらエルセイウのシャツのボタンに手をかけ、2つ外したところで手を止められた。
「ヒイロ、お誘いは非常に嬉しいのだが、今日は…いや、今はそう言うわけにはいかないんだ」
「なんで…?」
肌けたエルセイウの胸に唇を這わせているヒイロに微笑んで、優しく引き離す。
「ヒイロはバレンティンが戻り次第、すぐにでもリムのところへ行ってもらうことになってる。まずは風呂だ。めんどくさい準備はないが、屋敷中…とは言えもう数名だが屋敷中のものも集まるのでな、今抱くわけにもいかない」
まったく…リムリムってうるさい奴らだよ…
そうは思ったがとりあえず言うのは堪えた。
「ああ、そう…」
それでも不機嫌は隠さず、脱ぎかけたシャツを羽織り直して、ベッドの上に胡座をかく。
「ヒイロ、俺は満月 を迎えられて、心底安心しているんだ。ここ半月のお前はまるで生気がなく、私も良からぬ考えが頭を巡っていたが…もう大丈夫だな」
ヒイロはエルセイウの言葉にほんの少し反応したが、それを気づかせないうちにまたベッドへ寝転んで
「やらねえんなら行ってくれよ」
と、スゲなく言い放った。
エルセイウは、ヒイロのそんな態度が今日起こることに対して敏感になっているものとすっかり思い込んで、やれやれと肩を竦めると部屋を出て行った。
エルセイウが出て行ったドアが閉まった音をきいたヒイロは
「ばかだなぁ…今のが最後だったのに…」
と呟いて、毛布を頭まで引き上げた。
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