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第1章 捨てる神あれば拾う神あり3

 黒い煙が立ち込め、火事を心配した騎士や衛兵たちが水桶の準備を慌てて始める。  いつの間にか、粘土細工の置いてあった祭壇の上に、ひとりの少年がいた。  奴隷のように素足で、横に白いラインの入った絹で作られた黒いズボンを穿()き、魔術師のロープを短くしたような上着を着ている。手には、長方形サイズの小さな板がある。  彼は辺りを見回したかと思うと突然、無邪気な子どものように「バンザーイ」と両手を上げて大喜びした。 「やった、やったよ! ぼくも異世界に来たんだ!」  ()()不思議な出で立ちをした不審者に皆、(いぶか)しんだ。  だが、高齢の神官長は「神子様だ。異世界の神子様が現れたんじゃ!」と叫び、少年の前でひれ伏した。  フェアリーランド王国には古い言い伝えがある。  この国が建国される以前、僕らの祖先が山の奥地に住む一部族であったときから伝わるものだ。 「『愛』の女神の祝福を受けし神子。黒い髪に黒い瞳、象牙色の肌をした異世界の少年がこの世に現れしとき、王国は繁栄する。地に住む者は皆、天上に住む神々から永遠の祝福を授かり、悪しき魔が滅び、神々の時代から人の時代が訪れる」という伝承。  でも、ノエル様は『愛』の女神様の加護を受けているはずなのに、剣はおろか弓矢や槍をまともに扱えない。  『愛』の女神様の加護を受けた者は、癒やしの魔法や士気を上げるための踊りを得意とする。しかし彼は、魔王に与する者たちが得意な闇の魔術を使った。  あまりにも伝承の神子とは、かけ離れた人物だったが、一部の人間は彼が神子だと信じて疑わなかった。  ノエル様を信奉し、彼に物申す人間を次々と粛清して、亡き者にした。  異性を愛せず、同性しか愛せない僕に初めてできた恋人が、エドワード様だった。親戚なので顔を合わせることが子どもの頃からあり、王宮へ出仕するようになってからは、声をかけていただいた。 「俺はルキウスが好きだ。男同士でも構わない。生涯、おまえだけを愛す」と薔薇の庭園で彼に愛の告白をされた。天にも昇るような心地でうれしくて涙した。  容姿があまり優れておらず、学院時代に勉強や運動も苦手で「鈍臭いやつ」と一部の貴族から()()されていた同性愛者である僕なんかを好きになってくれる人がいた。その事実に感動したんだ。  僕はエドワード様の(とりこ)になり、身も、心も捧げた。たとえ結婚はできなくても、人生のパートナーとして彼の隣に立ち、死が分かつそのときまで共に生きることを神の前で誓った。  だけど彼は僕との誓いを、いともたやすく破った。  エドワード様は建国祭でノエル様に一目惚れをしてしまったのだ。  それ以来、僕と会話する時間はめっきり減り、あれほど毎日していた情交もパタリとなくなった。デートの約束をすっぽかされることは当たり前。僕や他の王族、貴族がいても、ノエル様へアプローチをする。彼の考えていることがわからず「何をお考えですか?」と訊けば、冷たい態度をとられた。  せめて「別れてくれ」と一言言ってくれれば僕だって潔く身を引いたし、気持ちの整理がついた。だけどエドワード様は僕に冷たい態度をとった後は必ず――「ひどいことをして悪かった。本当に愛しているのはおまえだけだ。信じてくれ」と残酷な言葉を口にし、僕を抱きしめるのだった。  王宮で職務を全うしている最中に、エドワード様がノエル様と婚姻を結ぶという話を(ひと)(づて)に聞いた。  すぐに僕は彼の私室へ向かい、事の真意を尋ねた。 「ああ、ノエルと結婚するよ。神子は男でも子を(はら)むことができる。同性でも結婚は問題ない」 「そういうことを訊いているのではありません! エドワード様は僕を捨てて、ノエル様と結婚をするというのですか? なぜです!?」  失意の底に沈んでいる僕の顔をじっと見て、エドワード様はニヤリと嫌な笑みを浮かべた。 「王族である俺が、おまえのような器量の悪い男を本気で愛すると思ったか? 利用できると近づいてはみたもののこんなにグズで、役立たずだとは思わなかったよ!」  何を言われているのか理解ができなかった。  これはエドワード様の皮を被った別人? 僕は悪い夢でも見ているの? なんて現実逃避をしてカラカラに渇いた喉から声をしぼり出す。 「では今までのことは、すべて嘘だったと仰るのですか? おまえだけを愛していると……」 「当然だ。そばかすだらけで不細工なおまえを抱くと吐き気がした。ガリで抱き心地も悪く、炎のように赤い髪も、毒のような緑の目も薄気味悪くて嫌いだった!」  鈍器で頭を殴られたような衝撃を受ける。まさか、そんなことを思われていたなんて夢にも思わなかったから。

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