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第1章 捨てる神あれば拾う神あり4

「おまけに口淫も、手淫も下手と来た! 俺のことを愛しているのなら態度や言葉で示すなり、性技を磨くなりすればいいものを……おまえの方こそ、俺を『愛している』など口先ばかりで、本当は愛していなかったのだろう! おまえはもう――用済みだ」  隣室に控えていたのであろう衛兵たちが、エドワード様の私室へ押し寄せてきた。その場で僕は捕縛され、牢屋送りとなった。    * 「あの少年により多くの人命が失われました。『大いなる』神や、我らの父である『時空』の神は、あの少年をこの世界に現れないよう、現れる以前の時間軸へ戻そうと尽力しました。ですが、できませんでした」  眉を下げ、悲嘆に暮れる『過去』の女神様の大空のように青い目を見つめる。 「なぜですか?」 「わかりません。なぜかあの者には、神々の力が及ばないのです。私たちが一致団結して力を合わせても、あの者を元いた世界へ返すことも、この国に現れないようにすることもできませんでした」 「そんな……」 「私の姉である『未来』の女神は、あの神子を名乗る者が闇の力を奮い、この国を滅亡させる未来を見ました」  僕が肩を落とし、落胆していると七色に光る蝶が僕を慰めるように左の肩へとまった。反対の右肩には、女神様のしっとりとやわらかな手が置かれる。 「ルキウス、そのように打ちひしがれてはなりません。心を強くお持ちなさい。絶望の中に希望があります。まだ未来は決まってはいませんよ」 「未来が決まっていない?」 「はい。姉は、もうひとつの未来を見ました。それは異国の地からやってきた英雄がこの国を救う未来。我々はその未来に賭けます。ある神は、英雄が現れるための鍵となる人物について予言をしました。その鍵があなたです、ルキウス」 「僕がですか?」  自分がこの国を救う英雄のキーパーソンだなんてとうてい信じられない。  僕はあからさま狼狽え、瞬きを繰り返すしかなかった。  女神様は「ただ、」と悲しそうな声色で喋り、目線を落とした。 「その未来を導くための道は、獣道。長くうねった険しい道を進まねばなりません。相応の覚悟がなければ、道半ばで今日のように命を落とすことになるでしょう。私は、ルキウスだけが生き延びる道も用意しました。あなたは、どちらの道を選びますか?」  期待と不安の入り混じった気持ちになりながら、女神様に尋ねる。 「もしも僕が獣道を進び、英雄を見つけたら、僕のせいで命を失った人たちも死なずに済みますか?」 「もちろんです。あなたが見事道を進みきれば、あなたの大切な人たちも生き残れますよ」  だったら選ぶ道は決まっている。 「獣道です。英雄をさがします」 「そう、覚悟はできているのね?」  女神様の言葉に、ゆっくり頷く。  大切な人たちを取り戻せるのなら、つらくても、苦しくても構わない。なんだってする!  女神様の手が離れ、七色に光る蝶が女神様の被っている花の冠へ、とまった。 「では、神子を名乗る者が現れる一年前へ、時間を巻き戻しましょう」  どこからともなく金色に光り輝く時計が現れ、女神様が時計の長針に指先をやる。 「ルキウス、チャンスは二度までです。それ以上は、どうすることもできません。後はあなた次第。頼みましたよ」 「ありがとうございます。このご恩は一生忘れません」  女神様が長針を指先で弾くと時計は逆回転をする。周りの景色がグニャリと歪み、急速に変化する。  ひどい()(まい)を覚えて僕は目を閉じた。

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