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第2章 大切な人たち1

   *  気がつくと僕は、見慣れた自分の部屋のベッドの上に横たわっていた。寝起きだからか頭がぼうっとする。身体を起こすと誰かがドアをノックする音が聞こえた。 「ルキウス様、朝のお食事の時間でございます。お目覚めですか?」   僕は服も着替えずに寝間着の状態でベッドから飛び出した。スリッパも履かずに裸足でドアへ向かう。  ドアを開ければ、父の代から執事長を務めているオレインが柔和な笑みを浮かべていた。 「おはようございます、ルキウス様。いつもでしたら、起床されている時間でございますが、いかがされましたか?」    * 『どうか、わたしの命をお取りください。ルキウス様は国賊のような真似も、売国奴のようなことも一切しておりません。していないことをしたなどと……嘘を申し上げることはできません!』  拷問官たちからの拷問に堪えていたオレインは、息も絶え絶えな状態で裁判官に訴えたそうだ。  しかしノエル様の信奉者だった裁判官は、オレインの主張を一蹴。 「よかろう! 大罪人ルキウスの罪を貴様が認めぬと申すならばそのまま拷問を受け、苦しみ悶え死ぬがいい」  そしてオレインは絶命した。  反逆者だからと集団墓地とは名ばかりの場所で打ち捨てられた。オレインの亡骸は死体の山の中に埋もれ、骨を拾うことすらできなかった。  嘘でもいいから僕の罪を認めれば、死ななかった。僕が大罪人であると言えば放免され、僕たちの家で出している俸給以上の金を貰えたかもしれない。それこそ一生遊んで暮らせるほどの大金を。  だが彼は、僕が罪人ではないと主張し続けた。  オレインは身分が低かったけど、誰よりも高潔な魂を持ち、クライン家の執事長としての務めを最期までまっとうした。    *  彼の顔を見た瞬間、涙が出て止まらなくなる。  いきなり僕が泣き出したのでオレインは、ぎょっとする。右往左往しながら「もしや、お身体の具合が優れないのでございますか!?」と焦り始める。 「失礼いたします」  心配性なオレインは断りを入れるとすぐに僕の額と自分の額に手をやり、熱を測った。 「ぎゃっ、熱い!?」とオレインが飛び上がる。 「旦那様、奥様大変でございます! ルキウス様がお熱を出されました!」  僕は、昔から身体が丈夫ではなかった。子供の頃は「いつ死んでもおかしくない身体だ」と医師に言われ、実際に命を落としかけたことも何度かある。それでも十八を超えてからは、めったに具合を悪くすることはなくなった。  もしかして『過去』の女神様の力で過去の世界へ戻った反動だろうか? 重い頭で考えていれば、オレインに部屋へ戻るよう、促される。 「さあさ、ベッドでお休みくださいませ。オレインめがスタインを呼んで参りますゆえ」  何事ごとだろうと騒ぎを聞きつけたメイドたちが 僕の部屋のまえに集まり始める。 「執事長、ルキウス様はどうなされたのですか?」 「おまえたち、ルキウス様は具合が悪くなられてしまった。急いで氷枕と氷水をお持ちせよ。料理長に命じてルキウス様の好物である、すりおろし林檎も用意するんじゃ」  僕の様子とオレインの慌てぶりを目にすると彼女たちは朝の掃除を一旦やめて、オレインの命令を遂行する。  有能だったクライン家のメイドや料理長たち。ただ、この家で真面目に仕事をしていただけなのに、僕のせいで職を失った。おまけにノエル様の信奉者たちのせいで、次の職が見つからなくなるように手回しをされたのだ。そのせいで老いた者は(もの)()いや浮浪者になり、若い者は娼婦へと身を落とした。  オレインは七十五を過ぎた老人とは思えないほどの健脚ぶりで、自ら早馬に乗り、館を出ていった。彼のいとこで、腕利きの医師であるスタイン先生を呼びに行ったのだ。  スタイン先生にも、かわいそうなことをしてしまった。  彼はクライン家の館に住む者が病にかかると必ず面倒を見てくれた。一番彼に面倒を見てもらったのは僕。彼なしでは二十二年間、生きてこられなかっただろう。  スタイン先生は、貧しい者や奴隷身分の者たちに対しても治療をすることで有名だった。  もちろん貧しい者たちから金銭をせびるようなことは、一切しない人徳のある人だ。  この国一番の名医だから王様や王妃様たちからも「宮廷で出仕しないか」とのお声がけもあった。  それなのに――僕が、王族の毒殺を図った濡れ衣を着せられた関係で、毒薬を僕に渡した容疑者にされた。その後、身の潔白が証明されたものの診療所の前に「毒薬を売る魔女」、「悪魔や魔物たちの手先」と書かれた札や紙を貼られ、遂には火刑に処せられた。  せき込んでいると父様と母様が駆けつける。

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