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第2章 大切な人たち2

「ルキウス、大丈夫か?」  父様はベッドの脇で腰を屈め、心配そうな顔をして僕の顔を(のぞ)き込む。汗だくになっている僕の手を握ってくれる。  貴族として一流の家門の出であり、王様の護衛隊長を務めている父様。子煩悩な人で王宮へ出仕しない日は、朝から晩まで僕たちの面倒を見てくれた。乗馬を教えてくれて、兄弟たちと共に馬で駆けたことを思い出す。  父様は僕が死罪になることを耳にするや否や、息子の命を助けてほしいと王様に進言した。だが、愛息子であるエドワード様の言葉を信じた王様は、父様の言葉を聞き入れなかった。  エドワード様やノエル様の行いを許せなかった父様は、友や親族たちとともに僕を逃がそうと牢破りを計画した。親族の中にノエル様の信奉者がいて、父様たちのことをエドワード様に密告した。結果、父様は爵位を剥奪され、監獄送りとなった。  刑が執行される直前で獄中死したという話を、耳にした。 「幼子のように泣きじゃくって、どうしたのです? じきにオレインがスタイン先生を呼んできてくれます。もう少しの辛抱ですよ」  穏やかな笑みを浮かべて母様は、僕の額に滲む汗を花の刺繍が施されたハンカチーフで拭いてくださった。  王族の血を引く母様は、誰にでも分け隔てなくやさしい人だ。乳母を雇わずに、ご自分で僕たちの面倒を見てくれた。  父様が牢破りをし、僕の罪の関係もあって、奴隷の身分まで落とされた。罪人の住む島へ流された後、狂死したとの報告があった。 「ごめんなさい……父様……母様……ごめんなさい」  ずっと謝りたかった。 「どうした、ルキウス。どこか痛むのか?」  ひどく焦った顔つきで問いかけてくる父様の言葉に、僕は首を横に振る。 「違います。僕が弱いから……迷惑をかけるのが不甲斐なくて……情けなく思うのです……」  僕の家族は、僕が同性愛者であることを認めてくれている。  同性愛者を不快に思い、爪弾きにする人も少なくない。  だけど僕の祖母や両親、兄弟、今は亡き祖父も僕の恋をいつだって応援してくれた。エドワード様との交際を報告したときも、笑顔で祝福してくれた。  僕は恵まれていたのに、みんなの期待を裏切り、ひどい目に遭わせてしまった。  父様は、やれやれと大きなため息をついた。 「何を言うんだ、ルキウス。『迷惑をかける』? そんなことは考えなくていい。私たちは家族なんだから。まったくお馬鹿さんだな」  母様は僕の髪をやさしい手つきで梳きながら「そうですよ」と微笑んだ。 「あなたは、わたしたちの大切な子供です。何があってもわたしたちは、あなたの味方ですよ」 「よし、今日は休みをとってルキウスの面倒を一日見るぞ!」と父様が意気込んだ。母様は父様の横でころころと笑い声をあげる。 「あら、あなたがお仕事をサボタージュしたいだけなのでは?」  母様に訊かれて、父様は挙動不審になる。 「断じてそのようなことはない! ただ、アレキサンダーも、ウィリアムも我々の手を離れて久しいだろう。アレキサンダーには嫁も、子どももいるし、あちらの家で世話になっている。ウィリアムは教授たちと論議ばかりで、ほとんど家に帰ってこないだろう。だからルキウスがこのように甘えてくれて、うれしいんだ。おまえは違うのか?」 「もちろん、うれしいに決まってますわ。冗談を本気になさらないで」と母様は父様に笑いかける。  仲睦まじい様子の父様と母様の姿をもう一度目にすることができて、幸せだ。  翌日になると僕の熱は引いていた。スタイン先生の薬が効いたらしい。  両親やオレインたちから心配されたが、一刻も早く王宮へ出仕して英雄についての情報を集めたかった。  ノエル様たちを止める策を練り、みんなを救う。そのためには一分一秒だって無駄にはできない。  せめて馬車に乗って行くようにと父様から勧められ、めったに使わない箱馬車で王宮へ向かう。  王宮に着いたら城門の衛兵に証明書を見せ、入城する。  文官棟に向かって足を進めていると背後から「わっ!」と大きな声がして、慌てて振り返る。そこには僕の兄弟であるアレキサンダー兄様と、弟のウィリアムがいた。 「よっ、具合はどうだ? 国境の警備から帰ってきたらさ、文官の連中から『ルキウスは大丈夫なのか?』って訊かれてビックリしたよ! 熱を出したんだって?」 「ルカ兄様、先日はお見舞いをできず申し訳ありませんでした。どうしても抜けられない研究報告会があり、都合がつきませんでした。お加減はどうですか?」  兄様は「ルカはビルと違って無理をするからな」とビルの方ををチラリと伺う。 「なんです、アル兄様。何を言いたいんです?」  くいと眼鏡のブリッジを人差し指で上げたビルが、兄様に食ってかかる。

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