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第2章 大切な人たち3

「だっておまえ、要領いいだろ。人が見ていないとすぐに手を抜くし」とアル兄様はあっけらかんに答える。 「アル兄様だって、すぐに『疲れた』と息抜きをされるでしょう。それなのに人のことを悪く言うのですか?」 「なんだ、やるのか?」と兄様が虚空から現れた槍を手に取り、口元に笑みを浮かべる。  ビルは長い袖の中から出した魔術書を開き、「臨むところです」と挑発をする。  僕は、兄様とビルが今にもケンカを始めそうな状態なのに、声をあげて笑ってしまった。  ふたりは、僕が突拍子もなく笑い出したことに驚き(あき)れ、瞬きを繰り返した。  騎兵隊隊長を務めているアレキサンダー兄様は僕より十歳歳上。今年で三十三歳になる。ゆくゆくは彼がクライン家の家督を継ぐ。  兄様は、城下町の食堂で働いていた下級騎士の姫君であるアンナ義姉(ねえ)様と大恋愛の末、結婚をした。  義姉様の父君は三十年前に魔物討伐で命を落とし、他界している。母君であるおば様は、義姉様が子どもの頃から不治の病に冒されていた。人に移る病ではないものの現在の医学では絶対に治せない。  ひとり娘である義姉様は、おば様の薬を買うために身を粉にして働いている最中に兄様と出会った。  ふたりは言葉を交わし、お互いを知っていくうちに思い合う仲になった。  じつはおば様は、スタイン先生から余命宣告をされ、あと三年しか生きられない。名医と謳われた先生でも延命処置をするのがやっとだという。  だから父様と母様は、義姉様がおば様と最期の時間を過ごせるように気を遣って、館には呼んでいない。兄様も義姉様の支えとなるためにクライン家ではなく、義姉様の家で過ごしている。  ちなみに、ふたりには子供がいる。男の子と女の子の双子だ。今年で三歳になる。僕やビルのことを「おじちゃま」と呼び、慕ってくれる。最近は兄様や義姉様の言うことに反抗し、悪戯(いたすら)をしたりとやんちゃっぷりを発揮している。  質素倹約を志している義姉様は、なるべく庶民に近い暮らしを双子にさせたいと考え、侍女や乳母の力を借りずに自分で子育てをしながら、今も食堂で働いている。その間おば様が双子の面倒を見ている。母様も、おば様と気が合うし、孫の顔見たさでちょくちょく顔を出している。  アル兄様と義姉様は、僕の(えん)(ざい)や父様が牢破りを企てた関係で爵位を剥奪、財産も没収され、平民に降格となった。  ちょうどその頃にステイン先生が火刑に処せられ、おば様の病状は急激に悪化し、そのまま命を落とした。  平民といっても、始終家の周りに衛兵たちの監視がついて、外出制限もされている。遊びたい盛りの双子は家の中で窮屈な思いをし、何も知らない農民たちから嫌がらせを受け、怯えて暮らしている話を牢屋で耳にした。  弟のウィリアムは僕の五つ下で、十八歳だ。ビルは僕ら三兄弟の中で一番頭がよく、数字に強い。  だから王室や国の財源を計算し、国を豊かにする方策を考える経済博士を目指している。教授や博士たちから頭脳を買われ、愛嬌のある性格なので、かわいがられている。ビルの尊敬している教授のお孫さんと婚約関係で、結婚を控えていた。  ノエル様が、神子というだけで神官たちは王族の財源をノエル様に充てた。ノエル様は湯水の如く金を使い、短期間で税金の額が一気に引き上げられた。  恐ろしいほどの物価高騰を招き、貧しい者は餓死していった。  ビルは僕が捕らえられてすぐに、教授や博士たちと共に、ノエル様のことを糾弾した。  だが、ノエル様の鶴の一声で全員、絞殺刑に処せられたのだ。  あんなことが起きるまでは当たり前だった日常が、どれほど素晴らしいものかをあらためて痛感させられる。自然と目に涙が浮かび、僕は指先で(ぬぐ)った。 「アル兄様とビルが元気でよかったな、って思ったんだ」  兄様とビルは、お化けでも目にしたような表情を浮かべ、顔を見合わせる。 「ルカ、大丈夫か? さっきから様子がおかしいぞ」 「ですね。いきなり笑い出したと思ったら、泣いたりして。三日前に義姉様の家へ行ったばかりじゃないですか」 「そっか。変なことを言ったりして、ごめん」 「本当ですよ」とビルは腰に手を当て頬をふくらませる。 「アル兄様、双子たちと遊びたいのですが、都合のいい日はありますか?」 「うれしいことを言ってくれるな、ルカ! 義母(はは)上の体調も安定しているし、双子もおまえたちに会いたがっている。来週の休みはどうだ?」 「いいですね。ビルも一緒に行こう」 「ええっ!?」とビルは叫び、顔色を悪くする。「勘弁してくださいよ……あの子たちのおもちゃにされるのは、ごめんです!」  双子たちは、長時間ビルにお馬さんごっこをさせたり、追いかけっこの鬼役をさせる。ビルが遊び疲れてうたた寝をしていると義姉様の化粧品で、おばけのようなお化粧をされたり、髪にリボンを大量につけられるのだ。  三兄弟の末っ子で、僕とアル兄様に甘やかされてきたビルは、小さな甥っ子・姪っ子の相手にタジタジだ。

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