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第2章 大切な人たち4
普段は見られないビルの様子に、つい吹き出してしまう。
「ルカ兄様、笑わないでください!」
「ごめんね。だって、ビルったらおもしろい顔をしているから」
「ひどいですよ」
「いやいや、ひどいのはおまえだろ? おまえが来なかったら、うちの子たちが『ビルおじちゃま来てくれないの?』って、泣いちゃうじゃないか。おまえが来るのも楽しみにしているんだから」
「しょうがないですね。わかりました、行きますよ……」とウンザリした声でビルは、兄様の言葉に了承した。
お勤めの時間に遅れるからとそれぞれの持場へ向かう。
僕は文官棟の門まで歩き、門兵に挨拶をして扉を開いて貰い、中へ入る。
入った途端に学院時代からの親友・ピーターに、力いっぱい抱きしめられる。
「おはよう、ルカ。元気になったんだな、快復おめでとう!」
「ピーター! 会いたかったよ……」
「具合、大丈夫か?」
「うん、ちょっと熱が出てね」
「何かあったらボクに言えよ。今日は訓練だから一日中王宮にいる。ちょっとくらいなら先輩たちの許可を貰って中抜けできる。館まで送っていけるぞ」
「ありがとう、でも仕事を休んでばかりもいられないよ。無理はしないから安心して。ところで、どうしたの? もうすぐ走り込みの時間でしょ?」
「あー……」とピーターは気まずそうに頭の後ろを掻 いた。僕の耳元に顔を寄せ、小声で喋る。
「エドワード様から言伝を頼まれたんだ」
ひゅっと僕は息を呑んだ。
胸がざわざわする。震えそうな声で「彼はなんて?」とピーターに訊く。
「『今日のお昼に、いつもの場所で待っている』だってさ」
「そう……ありがとう」
「あのさあ、ルカ」
「何?」と返事をすれば、ピーターは眉間に皺を寄せ、ムッとした顔をしている。
「外野がゴチャゴチャ言うなって話だけど、エドワード様と付き合うのは、やめたほうがいいんじゃないか?」
「なんで?」と僕が問えば、ピーターは難しそうな顔をしてあごに手をやり、うんうん唸 った。
「あの方のいい噂を聞かないし、おまえには合っていないような気がしてならないんだ」
ピーターの言葉にドキリとする。やり直す前の世界で、エドワード様が僕にした仕打ちを思い出したから。
「大丈夫だよ。ピーターは心配性だね。エドワード様はそんな人じゃないよ」
ピーターの言葉を否定するというよりは、自分に言い聞かせているような話し方をしているなと思った。
「そっか、ならいいんだ。ごめんな!」
「ううん、謝らないで。エドワード様には『承知しました』って伝えておいてもらえる?」
「ああ。じゃあ、そろそろ行くわ! 遅れると上官に怒られるから」
「ごめんね、こんな役回りをさせちゃって」
「気にするなって、じゃあな!」
「うん、またね」
お互いに手を振り、それぞれの職場へ向かう。
扉をくぐり、仕事仲間や先輩方に挨拶をする。みんな、仕事を休んだことを咎 めたりせずに、身体の心配をしてくれた。
「ルキウスさん、私の姉がいいお茶とはちみつをくれたの。休憩時間に、はちみつ入りの紅茶を飲んでみて。喉にいいわよ」
「クライン、今日は定時上がりな。病み上がりなんだから根詰め過ぎるなよ!」
「クラインさん、心配したよ。何か困ったことがあったら、いつでもサポートするから言ってね」
「ありがとうございます。ご心配をおかけしました」と職場の人に頭を下げ、そのまま上長であるスチュワート様に仕事を休んだことを謝罪する。
聖者のように穏やかな顔つきをして、笑顔のすてきなスチュワート様が「熱が出たと言う話を聞いたよ。クラインくん、調子はどうだい?」とおっとりとした口調で、お心遣いをしてくださった。
「おかげ様で、よくなりました。急なお休みをすることになってしまい、申し訳ございません」
「いいんだよ、気にしないで。きみはいつも、仕事を頑張っているから。また今日からよろしくね」
「はい、お言葉ありがとうございます。それでは失礼いたします」
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