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第2章 大切な人たち4
普段は見られないビルの様子に、つい吹き出してしまう。
「ルカ兄様、笑わないでください!」
「ごめんね。だって、ビルったらおもしろい顔をしているから」
「ひどいですよ」
「いやいや、ひどいのはおまえだろ? おまえが来なかったら、うちの子たちが『ビルおじちゃま来てくれないの?』って、泣いちゃうじゃないか。おまえが来るのも楽しみにしているんだから」
「しょうがないですね。わかりました、行きますよ……」とウンザリした声でビルは、兄様の言葉に了承した。
お勤めの時間に遅れるからとそれぞれの持場へ向かう。
僕は文官棟の門まで歩き、門兵に挨拶をして扉を開いて貰い、中へ入る。
入った途端に学院時代からの親友・ピーターに、力いっぱい抱きしめられる。
「おはよう、ルカ。元気になったんだな、快復おめでとう!」
「ピーター! 会いたかったよ……」
ピーターは富農の家の子で、七人兄妹の四番目だ。槍部隊に所属していて王宮で訓練をし、辺境地で魔物討伐を行っている。
学院に通っていたとき、貴族の子息たちから意地悪をされていた。そんな僕を助けてくれたのがピーターだ。正義感があって腕っぷしも強い。頼もしい友だちだ。
花屋をやっている町娘といい仲だった。
だけど神子の真偽を白黒つけようとした歴史学者たちの盾を買って出た。ビルを含む経済博士たちの二の舞にならないように彼らを守り、神子側についた者たちに矢を射られ、死んでしまった。
「具合、大丈夫か?」
「うん、ちょっと熱が出てね」
「何かあったらボクに言えよ。今日は訓練だから一日中王宮にいる。ちょっとくらいなら先輩たちの許可を貰って中抜けできる。館まで送っていけるぞ」
「ありがとう、でも仕事を休んでばかりもいられないよ。無理はしないから安心して。ところで、なんでここにいるの? もうすぐ走り込みの時間でしょ?」
「あー……」とピーターは気まずそうに頭の後ろを掻 いた。僕の耳元に顔を寄せ、小声で喋る。
「エドワード様から言伝を頼まれたんだ」
ひゅっと僕は息を呑んだ。
胸がざわざわする。震えそうな声で「彼はなんて?」とピーターに訊く。
「『今日のお昼に、いつもの場所で待っている』だってさ」
「そう、ありがとう」
「あのさあ、ルカ」
「何?」と返事をすれば、ピーターは眉間に皺を寄せ、ムッとした顔をしている。
「外野がゴチャゴチャ言うなって話だけど、エドワード様と付き合うのは、やめたほうがいいんじゃないか?」
「なんで?」と僕が問えば、ピーターは難しそうな顔をしてあごに手をやり、うんうん唸 った。
「あの方のいい噂を聞かないし、おまえには合っていないような気がしてならないんだ」
ピーターの言葉にドキリとする。やり直す前の世界で、エドワード様が僕にした仕打ちを思い出したから。
「大丈夫だよ。ピーターは心配性だね。エドワード様はそんな人じゃないよ」
ピーターの言葉を否定するというよりは、自分に言い聞かせているような話し方をしているなと思った。
「そっか、ならいいんだ。ごめんな!」
「ううん、謝らないで。エドワード様には『承知しました』って伝えておいてもらえる?」
「ああ。じゃあ、そろそろ行くわ! 遅れると上官に怒られるから」
「ごめんね、こんな役回りをさせちゃって」
「気にするなって、じゃあな!」
「うん、またね」
お互いに手を振り、それぞれの職場へ向かう。
扉をくぐり、仕事仲間や先輩方に挨拶をする。みんな、仕事を休んだことを咎 めたりせずに、身体の心配をしてくれた。
「ルキウスさん、私の姉がいいお茶とはちみつをくれたの。休憩時間に、はちみつ入りの紅茶を飲んでみて。喉にいいわよ」
「クライン、今日は定時上がりな。病み上がりなんだから根詰め過ぎるなよ!」
「クラインさん、心配したよ。何か困ったことがあったら、いつでもサポートするから言ってね」
「ありがとうございます。ご心配をおかけしました」と職場の人に頭を下げ、そのまま上長であるスチュワート様に仕事を休んだことを謝罪する。
聖者のように穏やかな顔つきをして、笑顔のすてきなスチュワート様が「熱が出たと言う話を聞いたよ。クラインくん、調子はどうだい?」とおっとりとした口調で、お心遣いをしてくださった。
「おかげ様で、よくなりました。急なお休みをすることになってしまい、申し訳ございません」
「いいんだよ、気にしないで。きみはいつも、仕事を頑張っているから。また今日からよろしくね」
「はい、お言葉ありがとうございます。それでは失礼いたします」
この部署の人たちは、やさしくてフレンドリーだ。血族であり、父様の口添えで入った僕にも親切にしてくれた。
だけど僕が王族の毒殺を企てたことで牢屋送りになった際は、全員尋問された。同じ職場で働いていただけで、暗殺計画に関わった疑いをかけられ、解雇された。その上、爵位と財産を没収され、兄様たちと同じように平民へと降格された。
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