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第4章 思案1

   *  気がつくと僕は、見慣れた自分の部屋のベッドの上に横たわっていた。  急いで起き上がり、机の引き出しに入れてある日記帳を引っ張り出す。暦を確認すれば、前回と同じ過去の世界に戻ってきている。 「女神様の言葉、あれはどういう意味だろう?」  身体の状態は前回よりも悪くはない。しかし全体的に気怠く、頭がガンガンして痛い。ノックを続けるオレインの元へ行き、扉を開ける。 「おはよう、オレイン」 「おはようございます、ルキウス様。……顔色が優れませんね。いかがいたしましたか?」 「今日はあまり体調がよくないみたい。本日の出仕は休ませてもらおうかな」  前回と同じ状況になり、ベッドの中でこれからのことを考えた。この機を逃したら、だれも救えない。僕は斬首刑となり、国が滅亡する。  名前も、顔もわからない英雄を、さがすのだ。  体調がよくなったら前回と同じように王宮へ出仕して、兄様やビルと顔を合わせ、双子や義姉様の家に遊びに行くことを約束した。それからピーターに会い、エドワード様からの伝言を聞き、友としての注意を告げられる。 「あの方はどこか裏がありそうでさ、あんまりいい噂も聞かねえし……とにかく、おまえには合っていないような気がしてならないんだよ!」  エドワード様がどういう人間なのかを知った僕は、ピーターの言葉を否定できない。 「ルカ、どうした? 黙りこくったりして」 「やっぱりエドワード様には、よくない噂があるんだね」 「まあな、あんまりデカい声では言えないけど」  ピーターに手を引かれ、人目につかない柱の陰へと連れて行かれる。彼は周りを注視し、人がいないことを 確認してから防音魔法をかけ、小声で僕に話しかけた。 「王様たちは、貧困に喘ぐ者や差別に苦しむ者も、分け隔てなく幸福な生活を送れるように望み、あらゆる施策を国に波及させていらっしゃる。けど、エドワード様やその側近たちは、貧しい者は飢え死にしても構わないと考え、奴隷制度の廃止も反対している。王族や神官、貴族だけが豊かに暮らせれば、下々の者がどうなろうと関係ない過激な思想をしている。  上官や先輩方から話を聞くけど、邪魔な人間は始末するし、利用できる人間はとことん利用する。いくら王族とはいえ、あの方の態度は人としてどうかと思う。王族や貴族、騎士だけがすべてじゃない。庶民だって、国のため、家族を守るために働いているいることを知ろうとしない……」 『性欲処理の人形として扱ってやったのだ』  不意にエドワード様の言葉を思い出し、胃がムカムカして胃液が喉までせり上がる。柱に右手をつき、左手で口元を押さえる。 「ルカ、どうした!?」  ピーターに背中をさすられ、吐き気が収まるのを待つ。口の中に嫌な苦味を感じながら、ピーターに返事をする。 「平気、ごめんね」 「顔色が悪いぞ。本当に大丈夫か?」 「気にしないで。まだ、体調が戻っていないだけ」 「じゃあボクが家まで送っていくよ。エドワード様にはルカが帰ることを伝えて――」 「駄目、あの方は僕が絶対に来ると思っている。僕が行かないと知ったら激昂して、きみに八つ当たりをするよ」  階級意識の強いエドワード様が子どものように癇癪を起こし、農夫の子であるピーターに暴力を奮う姿が目に浮かぶ。  ピーターも自分がそういう目に遭う可能性を感じ、口をもごつかせて「けど、どうするんだよ」と困り顔をする。 「僕が途中で早退して、ビルからエドワード様宛の手紙を届けてもらうことにする。ピーターは何もなかったみたいにエドワード様に会いに行って『お昼に会いに行きます』って伝えて。その間に僕が兄様やビルに伝書鳩を使って言伝しておくから、心配しないで。  エドワード様が君に暴力を奮うなんてことが万が一でも起こらないよう、兄様にお願いをしておく。兄様なら口裏を合わせてくれるし、きみがエドワード様に危害を加えられないように知恵や力を貸してくれる」 「あ、ああ、わかった」  ピーターは躊躇いがちに返事をして、走り去った。点のように小さくなった彼の背中に向かって、小さく声をかける。 「ごめんね、ピーター。僕がエドワード様の恋人になっていなければ、あんなにひどい結末を迎えなかったのに……」  そのまま文官棟へ行き、挨拶をして十時になるかならないかのところで僕は早退をさせてもらうことにした。  上着の内ポケットから杖を出し、兄様とビルに書いた手紙に魔法をかける。羊皮紙の手紙は白い鳩の姿になる。ビル宛の手紙である鳩は、すっと空気に溶けるように消えた。

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