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第5章 終わりを告げる恋1

   *  僕の言葉を聞いた父様は、パンにつけたバターをズボンに垂らし、呆然としていた。  両親にエドワード様との交際の取りやめを考えていることを伝えたのだ。  母様はスクランブルエッグを口にするのをやめ、フォークとナイフを八の字にして皿の上に置き、ナプキンで唇を押さえた。 「どうしたのですか? あれほどエドワード様のことを恋い慕っていたというのに……(けん)()でもしたの?」  喧嘩で済んだら、どれだけよかっただろう。 「違います。もうエドワード様のことを好きではないのです」  父様は僕の言葉を耳にすると天を仰ぎ、額に手を置きながら「なんてことだ」と嘆いた。  母様も困ったような顔をして「何か心配ごとでもあるのですか? 大丈夫よ、いっしょになれば愛が育まれるわ。ときが解決してくれることもあるのよ」と僕の説得を試みる。  ……やっぱり、昨日ピーターの話を聞いたときも思ったけど、僕や僕の家族は、エドワード様の悪い噂を一切耳にしたことがない。  ピーターが嘘をついているわけではなくて、エドワード様の悪い噂が王族やその親族の耳には、入りにくいものだからだ。  エドワード様が王位簒奪を考えているのなら、アーサー様やシャルルマーニュ様だけでなく、王族の血を引く男を根絶やしにするはず。それか、位や金銭を収奪することによる無力化を望むだろう。でないと自分が王になっても国民が反乱を起こし、王家の血を引く人間が脅威になる。  手始めに同性愛者である僕を利用し、近づくことで王様からの信頼も厚く、王宮に出仕しているクライン家を潰せる。そうすれば他の血族への牽制になり、殺す者と殺すべきでない者の選別ができる。  エドワード様が王冠を手にするための最短ルートを築ける。  そんなことにも気づかなかった浅はかな自分が、嫌になる。 「あの方と添い遂げたいと言ったのは僕ですが、気持ちが変わったのです」 「だから、その訳を訊いているのだ!」  滅多に僕たち三兄弟を怒ることのない父様が、露骨に苛立った声を出す。 「先週だって、エドワード様とデートをしたと話していただろう。それなのに、いきなり『気持ちが変わった』? そんな馬鹿な話があってたまるか! おまえはいったいどういう気持ちで、あの方との交際を始めた!? 子どものままごと遊びではないんだぞ!」  声を荒げ、右の拳で白いテーブルクロスがかけられた机の上を叩く父様の言葉はもっともだ。  だからといって正直に『過去』の女神様のお力添えにより世界をループしていること、あの方に弄ばれたことを正直に言える訳がない。そんなことは口が裂けても言えない。  僕は、机の下にある両の拳をじっと見て、父様に返事をする。 「わかっています」 「だったら――」 「ですが、もうあの方と一緒にいたくないのです。ともに生活を営むことなど、できません!」 「ルキウス!」  このまま言い合いになるのだろうか? 胸がズキズキ痛む。  もしもこのまま口論になり、父様から「おまえのような息子は勘当だ!」と言われたら、どうしよう。 「あなた、よしましょうよ」と母様の穏やかな声に僕はそろりと目を向ける。  やさしい眼差しで、微笑みすら浮かべて母様は僕のことを見ていた。 「マリア……」  どこか落胆したような声で、父様は母様の名前を呼んだ。 「ルキウスだって今年で二十三になるのですよ。幼子ではありませんわ。悩み考えたうえで、わたしたちに話してくれた。そうでしょう?」 「……そうです」 「何かやむを得ない事情があって、そういう結論を導きだしたのですわ。今は話せなくても、いつかは話してくれる。わたしたちはただ、この子のことを信じてやりましょうよ、ねっ?」  母様の言葉に胸がジンとして、僕は顔を上に上げ、唇を嚙みしめた。  んんっ!   喉を鳴らして父様は腕組みをし、母様の言葉に頷いた。 「おまえがいいと言うのなら、わたしから言うことはない。では、ルキウス。エドワード様と別れる意思は固いのだな?  王様は民にとっては、よき王であらせられるが、王子様たちのお父上でもある。そしてエドワード様のことを目に入れても痛くないほどに、溺愛していらっしゃる。どういう意味かわかるな」 「はい。覚悟でしたら、とうの昔にできています。文官の職を解かれ、王宮への出入りを禁止されるでしょう。そして、父様や母様、兄様やビル、オレインたちにまで迷惑をかけることに……」

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