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第5章 終わりを告げる恋2
近くに控えていた若いメイドたちが「ルキウス様はなんのことを言っているのかしら?」「さあ?」と話しているのが聞こえる。
オレインがわざとらしく咳ばらいをした。
父様もどこか不思議そうな顔をして瞬きを繰り返す。
「いや、そこまでは言っていないぞ。お義母様が王族の出なのだから、我が家がひどい目に遭うことはない。わしは父として、息子であるおまえのことを心配しているだけだ」
僕が黙りこくっていると母様が僕が文官を辞めることを悩んでいると思ったのか、安心させようと微笑みを浮かべた。
「大丈夫よ、ルキウス。私がお母様と一緒に王様へ進言しますから。あなたは心配なぞせずに自分の信じた道をお行きなさい」
「ありがとうございます」
僕は朝食を摂った後、愛馬であるフロレンスに乗り、王宮に急いだ。善は急げという言葉がある。出仕する時間の二時間まえに王宮に着いた。一刻も早くエドワード様との関係に決着をつけるため、王家の方々の住む王城で門衛に連絡を取ってもらう。すぐに王城へ入る許しをいただき、エドワード様の住まいがある南宮へと足早に向かう。
エドワード様づきの女官の案内を受け、あの方の私室へと入る。
ノエル様が現れるまでは、出入りを自由にしていいと彼から言われていた場所。それも今日で見納めだ。
この部屋を幾度となく訪れ、彼と会話をしたり、お茶をしながらボードゲームをした。
だが寝室を共にすることは、最後まで許してもらえなかった。
ご寵姫様の愛した薔薇の庭園で“初めて”を経験してからも、通して貰えなかった。
もっぱら安い宿屋や居酒屋の仮宿、人目のつきにくい屋外で手早く済ませることが多かった。一夜を共にするときは、いつもご寵姫様が領有していた民家や別荘で抱かれた。
彼が僕のことを愛して、情欲を抑えることができず、外で事に及ぶのだと思っていた。
貴族や騎士の夫婦や恋人が、日も明るいうちに外で交わっていたことについての噂話を耳にするし、「愛の宿」という名のついた森で庶民である夫婦や恋人たちがまぐわっているのだから。
今すぐにでも愛する人と交わりたい、愛を交わしたいという衝動を僕だってエドワード様に感じたことは、一度や二度の話しじゃない。
ただ、彼の場合は違った。
打算と自らの野望を遂げるために偽りの愛を囁き、男が本能的に感じる「精を吐き出したい」という欲を処理するために僕を使った。
恋は盲目。彼の嘘を見抜けず、騙された僕にも責任はある。
扉が開くと微笑みを浮かべたエドワード様がやってくる。
「ルキウス、どうした? いきなりアポイントもなしにやってくるなんて、めずらしいな」
「申し訳ございません。どうしても至急お伝えしたいことがありましたので」
「そうか、おまえが言うならよほど重要な話しなのだろう。いいぞ、座れ」
エドワード様はソファに座られると、僕にも隣に来るように促した。だけど僕は、彼の隣に腰掛け、彼の肩に頭をもたらせて甘えることは、もう二度とない。
「どうした、ルキウス?」
やはり彼の顔を見ていると決意が揺らぎそうになる。胸がギリギリと締めつけられるように痛い。
あの日、薔薇の庭園で告白を受け、恋人として過ごした日々が全部嘘だったなんて思いたくない。
もうひとりの僕が心の中で叫んでいる。
ノエル様が悪いんだ! あの方やエドワード様の周りにいる方が、エドワード様を変えてしまった。悪い魔法を彼にかけたんだ。そうに決まっている。エドワード様は悪い方じゃない! 僕を愛しているんだ……!
だけど僕の意思は決まっていた。
頭の冷静な部分は、エドワード様が悪しき魔法にかかって人格が変わった訳ではないこと、王位の簒奪を望んで僕に近づいてきたことを理解していた。
「別れてください」
僕の発した言葉の意味が理解できなかったエドワード様は、ポカンと口をお開けになっていた。
「唐突にどうしたんだ?」
「そのままの意味にございます。エドワード様との関係を終わりにさせていただきたいのです」
困惑した様子のエドワード様は立ち上がると僕の元まで歩いてきて、僕の身体を抱きしめる。やっぱり彼は僕のことを愛しているのだと喜ぶ気持ちと、これも僕を懐柔するための演技かと冷めた気持ちが、せめぎ合う。
「おまえの気に障るようなことをしたのなら、謝る。だから、そのようなことを言わないでくれ」
今までの僕だったら、すぐにでもエドワード様の言うことを、何も考えずに訊いただろう。でも、今の僕は違う。
エドワード様の腕から逃れ、僕はエドワード様の怒りに燃えた青い目を見つめる。
「違います。どこまでも単純な話ですよ。僕が、あなたを好きでなくなった、それだけです」
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