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第6章 転機2

「どうして皆さんは血族である僕に、やさしくしいんですか?」と尋ねれば、町の人たちは、不思議そうな顔をした。 「たしかに僕は義姉様の義理の弟です。ですが、エドワード様の恋人でもありました。僕が極悪非道な人間だとは思わないんですか?」  するとみんな、何がおかしいのか大声で笑った。 「兄ちゃん、おもしれえこと言うな! そりゃあ、おれたちだってお貴族様や、騎士様のことでグチを言ったりもするさ」 「けど、あんたの嫌な噂も、クライン家の皆様が悪事を働いているなんて話もあたしらの耳には入ってこない!」 「何よりアンナ姉ちゃんの選んだ人の弟が、そんなひどいことをするとは思えないよ。何より、ルキウス様のお顔って、お人好しで悪いことはちっともできない人間の顔だもん!」と少年にまで笑われてしまい、僕は羞恥から顔を赤くした。 「まっ、人生いろいろあっけどさ、困ったときはお互い様っつーもんよ」 「そうさね。あんた、仕事が決まって収入が入るようになったら、うちの店でお茶でもしにきなよ。失恋には新しい恋が一番の薬になるけど、あんたに良い人ができるまで、お茶を()れたげるから」  僕は町の人にお礼を言い、少年に紙をもらってもいいかを訊く。  少年は「そのポスターだったら山ほど持っているから、ルキウス様が持っていって」と快諾してくれた。  僕は城下町の出入り口まで全速力で走る。  愛馬のフロレンスを預けどころから引き取り、彼女に跨がろうとしたところで「おい! いい加減にしてくれよ!」と困り果てている人を見かける。  身長が高く色黒の筋骨隆々とした異国人だ。自分の身長以上もある大剣を背に担ぎ、頭に濃紺色の布を巻いている。 「あの……どうしたんですか?」と僕はフロレンスを連れて彼に声をかける。 「あっ、ああ」と異国人が振り返る。顔に怪我でもしているのだろうか、口元にも布を巻いている。僕は彼の澄んだ空のような色をした瞳をじっと見つめる。 「このルパカーが、どうもオレの言うことを聞かねえんだよ。小銭をやったのにさ! オレのマントを嚙んで放さないんだ」  ルパカーは四足歩行をする草食獣だ。温暖気候の高地に生息していて、基本はクリーム色のフワフワした毛皮を纏っている。地面や水面を走り、低空飛行もできる便利な魔物だ。比較的温厚な性格をしていて、人間の言葉を理解するので乗り物として使役されている。ただ、彼らを怒らせると……ルパカーは旅人めがけてツバをぶーっと吹きかけ、後ろ足で旅人を蹴り上げた。  ルパカーのツバは殺傷力はないものの大変臭く、戦意喪失効果と人や魔物の体力を徐々に奪う。おまけにルパカーの蹴りは、弱い魔物や人間の子どもを一発で殺してしまうほどの威力があるのだ。 「ギャー!」と汚い悲鳴をあげて旅人の身体は空中に浮き、重力に従って地面に落ちた。  僕は急いで杖を出し、治癒の魔法を彼にかける。  苦しそうに呻いている彼に、さらに水と風の魔法をかける。ルパカーのツバを洗い流し、彼が頭や顔に巻いている布を乾かす。  地面に膝をつき、「大丈夫ですか!?」と彼の顔を覗き込む。まるで、はちみつや琥珀のような美しい金色の瞳をしていた。この国では珍しい色で、ついしげしげと彼の瞳を観察してしまう。  旅人はしばらくの間、無言で瞬きを繰り返していたが、「ああ、大丈夫だ。ありがとう」と起き上がった。 「よかった」と胸を撫で下ろし、旅人が乗っていたルパカーにそっと触れる。ルパカーは鼻息を荒くしてブルブルと鳴き声をあげた。僕はルパカーの怒りをなだめるようにフワフワとした毛を撫で、目を閉じる。 (あいつ、ぼくを乱暴に扱いやがって……! 散々長旅に付き合ってやったのにご飯や水(チップ)をくれないじゃないか! おまけにお駄賃が五百ルーベルなのに、三百ルーベルしか払ってないことに、ぜんぜん気づかない!) 「旅の方、駄目ですよ。ルパカーに小銭をちゃんと渡していないし、チップもやっていないから怒っているんです」 「チップ? 余分の金ってことか?」 「違います。ルパカーを長距離乗車したときは、ルパカーを返す前に新鮮な草と綺麗な水をおなかいっぱいあげることになっているんですよ」  僕は二百ルーベル高価をルパカーが首にかけているお財布に入れ、魔法で草と水桶を出してやる。  ルパカーはクルクル喉を鳴らしながら、水をガバガバ飲み、草を頬張った。 「そうだったのか。悪いな、知らなかったんだ」 「今後は気をつけてくださいね。ルパカーは普段は良い子ですが、怒らせると怖い魔獣に変貌しますから。それでは」  僕はフロレンスに跨がり、彼女の手綱を握る。 「待ってくれよ! オレ、あんたに礼もなんもしてねえ 」 「申し訳ありません、急いでいるので。フロレンス、行こう!」  ヒヒーンと(いなな)き、フロレンスが大地を駆ける。  僕は、彼女と共にここから一番近いギルドへと向かった。

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