27 / 112

第7章 第一の試練2

 するとおじさんは腹を抱え、床に転がって笑った。 「顔も、名前もわからないお方に会いたい! 見えすいた嘘をついてまでギルドに入りたい理由はなんですか?」 「嘘ではありません。どうか信じてください……」  おじさんは起き上がるとニヤッといやな笑みを浮かべた。 「そんなに言うんでしたら、この先のイワーク洞窟にいるビッグゴブリンを倒してきてください」  ゴブリンは知っているが、“ビッグゴブリン”は初めて聞いた。僕はおじさんの言葉をオウム返しする。 「はい。やつはここら一帯で悪さをしているゴブリンたちの親玉です。そいつは旅人たちを襲って金目のものを盗む。馬や、牛なんかも食料として()っちまいやがる」 「わかりました、倒します」  おじさんは目玉を飛び出し、全身からダラダラと汗をかいた。 「お貴族様が単身で!?」 「そうです」  外で草を()んでいるフロレンスのことを彼に頼む。 「むちゃくちゃな! やつは熟練のギルドでも倒せない大物ですぞ!」  急におじさんが焦り始める。どれだけビックゴブリンが恐ろしい魔物か説明を受けても、僕の意思は変わらない。 「ビックゴブリンを殺さなくても、人を襲わない状態にすれば倒したことになりますか?」  しどろもどろになったおじさんが「な、なります……」と歯切れ悪く答える。  ひと安心しながらドアへ向かう。 「よかったです。それなら僕にも、勝算があります。すぐに倒してきますので、約束を守ってくださいね」 「お待ちを、お貴族様!」  言質は取った。一刻も早くビックゴブリンを倒そう。  外に出て指笛を吹く。  鷲が空の彼方からやってきた。僕は両腕を上げ、山小屋ほどのサイズがある“大鷲(コンドル)”の足に摑また。ふわりと身体が宙に浮く。  そして大鷲は、僕の身体を空中へ放り投げた。  おじさんはが「ひええっ!」と大声をあげて腰を抜かす。  フロレンスは、おじさんに文句をつけるようにブルルと鳴いた。  僕は大鷲の背に乗り、()にイワーク洞窟へ向かうよう頼んだ。    *  イワーク洞窟の入口に大鷲が下りる。彼に礼を言い、大鷲の好物である木の実を渡し、やわらかな羽毛を撫でる。  クルルと大鷲は鳴き、翼を広げて空へ飛び立った。「何かあったら呼んでくれ」と心強い言葉に勇気づけられる。  入口前で念のために防御魔法を使って、カバンから手持ちのアイテムを出す。ギルドを回っている最中、町の出店で入手したものを数えた。  怪我をしたときの回復薬、魔力の補充をするエーテル、魔物・悪魔除けつきの簡易宿泊キットと非常食のお弁当、死者蘇生要のお守り。  すべて揃っている。  フォルダーから杖を取る。  光の魔法を使い、杖を掲げる。薄暗く、冷凍室のようにひんやりと冷気が漂う洞窟の中へ足を進めた。  洞窟内は最初、ランプの灯っていない狭くて暗い炭鉱トンネルのようだった。虫型魔獣や、モグラ型下級魔獣のモグリン、吸血コウモリがわらわら出てきて、襲いかかる。そのたびに簡単な魔法を使ってやり過ごし、アリの巣のような道を進んでいく。  歩き続けていると洞窟の壁や足元に、水晶(クリスタル)や、貴金属・宝石の原石が見られる。  開けた場所に出て、光の魔法を解除した。  ほのかに青白く水晶が発光し、その光に照らされて原石がきらめく。夏場でもないのに蛍が飛び交い、足元にはヒカリゴケが生えて、白い花が咲き乱れていた。水底の石が見えるほどに透き通った川が流れている。僕は夜空の星を眺めるように、幻想的な光景に見入った。 「すごい……洞窟の中にこんな場所があるなんて」  突然、首元にヒタリと冷たいものが触れる。水じゃない、ナイフだ!  全身黒服を纏った刺客が、どこからともなく現れ、僕を取り囲んだ。  その数は十人以上。  兄様やピーターのように武術に長けていないし、ビルのように攻撃魔法も使えない僕は、手も足も出ない状態になる。  このまま首をかき切られ、死ぬのだろうか。  全身に冷や汗をかいていると唯一の武器である杖を取られ、後ろ手に荒縄で縛られる。 「動くな、ルキウス・クライン。我々の言うことを聞け」 「っ! エドワード様の差し金ですか?」  ぷつりとナイフが首の皮をわずかに切り、痛みとともに生暖かい血が流れる。  周りにいる男たちが下卑た笑みを浮かべ、ベラベラと喋りだす。 「あの方は、おまえが苦しみ悶えながら死ぬことを臨んでおられる」

ともだちにシェアしよう!