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第7章 第一の試練4*
「もちろん、暗殺は法律上禁止されている。だが、これはさる貴 いお方のご命令だ。法律などあの方の前では、ないようなもの。我々はただ、命令を遵守するだけだ」
「だから、嫌なのよ。王宮で左団扇している神官や貴族って! 傲慢な連中!」
「言葉を慎め、女! 本来であれば、おまえのような卑しい者が、我らと口を聞くことは許されないのだぞ。その舌、引っこ抜くぞ!」
「やれるものならやってみなさい」
女性は槍を取り出し、長を狙おうとする。だが、赤い衣を纏った男性に「おい、よせ!」と腕を摑まれてしまう。
険しい顔つきをした老人は杖を構え、僕と大剣を構えている男性を交互に見た。
「マックス、このままじゃパーティーは全滅するぞ。どうする?」
老人の言葉にギクリとする。
ギルドの人たちは見ず知らずの人間である僕を助けてくれた。それなのに、このままじゃ命を落としてしまう。そんなの絶対に駄目だ!
ギュッと杖を握り、僕はちらりと川へ目線をやる。それから背水の陣となっているギルドの人たちの様子をうかがう。
大剣を手にした男性と僕の目線がばちりと合う。彼は、ふっと口元に笑みを浮かべ、黒服の男たちへ目線を戻す。
「そうだな。オレは、あいつに賭けてみようと思う」
「あんた、頭でもおかしくなったの!? あいつは、自分じゃ何もできない弱っちいお坊ちゃまよ!」
女性が、大剣を手にした男性を非難する。
「そうだぞ、マックス。こんなときに冗談を言うのはよせ。どう見ても彼は戦いに向いていないぞ!」
「ふたりとも、この非常事態によさんか!」
女性と赤い衣を着た男性は老人に諌 める。
僕は困惑しながら、ところどころ破けているマント身につけた男性の背中を見つめる。
(……聞こえるか?)
えっ? と思い、僕は目を瞠る。たしかにマックスと呼ばれている男性の声が聞こえた。しかし、マックスさんがしゃべっている様子はない。空耳か、と心の中でため息をつく。
(空耳じゃない!)とどこからか、また声がする。
(敵に聞かれちゃ困るからな。今、おまえの心に向かって語りかけている。はっきりと聞こえるか?)と問われ、僕は慌てて心の中で答える。
(はっ、はい。しっかり聞こえます)
(なら、よかった。あんた、水に関する魔獣や神獣を呼べるか?)
考えていたことを彼に読まれ、びっくり仰天する。
(できると思います。でも……呼べるかどうか、わかりません。それに、僕の魔力が足りないです)
杖は返ってきた。けど、今の僕は魔力が底をつきている状態で、彼を呼び出せない。腕を縛られるときに装備品も全部奪われ、頼みのエーテルがない。
不甲斐なさを感じ、視線を足元の地面にやる。
(大丈夫だ)とマックスさんは優しく力強い声で励ましてくれた。
(魔力はオレがサポートする。だから思う存分やれ)
(ですが、呼べなかったら……)
(自分を信じろ。おまえならできる。もし失敗しても、策はある。やってみろよ!)
僕は決心し、立ち上がる。頭の中で幼い頃に出会った彼 を思い浮かべ、一か八かの賭けをする。
「ルキウス、こっちへ来い。そうすればギルドの命は助かるぞ」
「させるかよ」
マックスさんはが僕の方へ走る。
何事かと思い、黒服の男たちが攻撃を再開する。だが老人の作った反射壁により、攻撃魔法と物理攻撃が跳ね返される。女性と男性は老人を援護しながら応戦した。
「マックスさん!」
僕は彼の名前を初めて口にし、魔力を快復するためのエーテルをもらおうとする。
しかし彼はエーテルの小瓶を手にしていない。グイと腰を抱かれ、左頬に手をあてられる。
「いやだろうけど少しの間、我慢してくれよ」
突然のことに頭が真っ白になる。
会って間もない人に――エドワード様以外の男性に口づけをされた。僕は驚愕し、目を大きく見開く。
不思議と嫌悪感はなかった。むしろ心地よくて、唇から温かいものが全身へ伝わるのを感じる。身体の内側からどんどん力がみなぎり、枯渇していた魔力がグングン増えていく。
数秒するとマックスさんの少しかさついた唇と大きな手が離れる。すぐに彼は後ろ手に大剣を振るい、僕の方へ飛んできた矢を叩き切る。
僕は、彼のはちみつ色をした金の瞳を無言で見つめた。
「これで魔力の補充は済んだ。任せたぞ」
そうして、彼は三人のところへ駆けていった。
僕は杖を握り直し、詠唱する。
勝利を予感した長が「愚か者どもめ、ここで皆殺しにしてやる!」と宣言する。
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