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第8章 巫術師またの名を召喚師1
そこへ杖を持った老人が、いち早く駆けつける。
「マックス。お主、その青年が蛟の主を出せると知っとったのか?」
老人は、マックスさんと僕の顔をしげしげと眺めた。
「先生、前に話しただろ。ルパカーに足止めを食らったとき、助けてくれた恩人がいたって。この人だよ」
ルパカーと聞いて、ようやく彼がだれなのか見当がつく。
「旅人さんですね!」
「おう、ようやく気づいてくれたな。あのときは助かった。また会えてうれしいぜ」
にっとマックスさんが目を細めて笑った。
「なるほどな」と老人が真っ白な顎髭を撫で、首を縦に振る。
赤い服の男性が眉間に皺を寄せ、右手に持った両手剣で僕のことを差す。
「師匠、マックス。その青年は異国の地の邪神を呼び出したんだ。もっと警戒した方がいい」
「そいつは悪魔の眷属よ」
女性の発言に背筋が凍りついた。
「王族の親戚で、品行方正なことで有名なクライン家の次男坊よ」
「彼が?」と赤い服の男性が訊く。
「そうよ。そんでもって極悪非道なエドワード王子の恋人。……悪魔に仕える人間だからエドワード王子と仲がよかったのね」
「待ってください。僕は悪魔の眷属ではありません!」
否定するものの女性は聞く耳を持たない。
「悪魔は魔王復活を目論んで人間たちの弱い心につけこむ。あんたも悪魔と契約をしているエドワード王子と結託して、王様たちを陥れようとしているの?」
エドワード様が悪魔と契約をしている?
だから偽の神子であるノエル様とあらゆる悪事を働き、多くの人が命を落とすようなことをしたのかと腑に落ちる。
「やめんか、エリザ。その方が蛟の主を呼ばなければ、儂らは死んでいたかも知れぬのじゃぞ!」
老人がいかめしい顔つきをして怒れば、女性は毛を逆立たてた猫のようになる。
「そもそも、こいつがここで暗殺部隊に襲われなければ、あたしたちが余分な戦闘をする必要はなかったんだもの! 第一、蛟の主があたしたちを助けてくれたのはたまたま。そいつが邪神を呼んで、私たちを助けてくれたとでも言うんですか!?」
一気に捲し立て肩を上下させている女の人を、赤い服の男性が宥める。
僕は居心地が悪くなって足元へ目線をやった。
するとマックスさんが「まぐれじゃねえよ」と弁明してくれる。
「エリザ、メリー。この人は悪魔の眷属なんかじゃない――巫術師だ」
「巫術師! この青年が大昔の魔法や魔術を使えると言うのか……」
「冗談はやめてよ、マックス。その男を庇い立てしないで! おじい様も何か言ってくださいな」
しかし老人は厳しい目つきでふたりを見据え、「マックスの言葉を最後まで訊くんじゃ」と黙らせる。
女性は不服そうな顔つきで口をつぐみ、赤い服の男性は困惑した。
僕はマックスさんを見上げ、「あの……巫術師とはなんですか?」と戸惑いがちに訊く。
鳩が豆鉄砲でも食ったような顔をして、彼が僕の顔を覗き込む。
「あんた、自分の魔法がどんなものか知らないのか?」
「これって魔法なんですか? 学院に通っていたときは学友たちから“チート”と揶揄されました。先生方にも『魔族の使う禁じられた術を使うな』と怒られ、『自分の力で攻撃・防御・治癒をしない魔法は魔法ではない』と教わりました……」
マックスさんが大きく舌打ちをし、「これだから最近の若い教師は」と愚痴をこぼした。
「あんたが使っているのは、れっきとした魔法だ。攻撃・防御・治癒だけが魔法じゃない。オレがルパカーに攻撃されたとき、あんたが使ってくれた生活魔法や状態異常、精神干渉系の魔法や魔術だってあるだろ?」
「そう、ですね」
「攻撃・防御・治癒だけが魔法だなんてナンセンス過ぎる。――巫術師は、神々がこの世を治めていた太古の昔の魔法・魔術だ。当時の人々は当たり前のように神々や精霊、悪魔、動物や自然、人の霊魂と対話していた。その中でも魔力を使い、彼らをこの世に具現化できる人間が巫術師だ。今風に言えば、召喚師ってところだ。
エリザとメリーもよくわかってねえみたいだから言っとくが、巫術師は古の存在じゃない。今もこの地上に存在している。数はめっきり減ったし、フェアリーランド国の周辺国家では目にしないが北の国、東の国と南の国で巫術師の存在を確認できる」
「世界でも百人はいないレア中のレアな魔法使いじゃ」と老人が口添えした。
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