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第8章 巫術師またの名を召喚師3
いたずらをした子どもを叱るような口調のエリザさんから警告される。
老人も「たしかにエリザの言っていることも一理あるな」と難しい顔をする。
「なぜクライン家のご子息が、このような危険なところへ足を踏み込んだんじゃ? あやつらに無理やり連れてこられたわけでもなかろう?」
「その――ビックゴブリンを倒そうと思って」
「「「「ビックゴブリンを倒す!?」」」」
四人は声を合わせて叫んだ。
近距離からマックスさんの野太い大声を聞いたから耳がキーンとして、頭がグワングワンする。ふらーと倒れてしまいそうになり、マックスさんにまた抱きとめられてしまう。
「わ、悪い……」
近くにある大きな岩の上まで誘導してもらい、腰を下ろすように促される。
「おい、あんた! 何を考えているんだ!? 死ぬつもりか!」
メリーさん人が焦った声を出し、女の人も「そうよ!」と額に汗を滲ませる。
「ビックコブリンは熟練のギルドでも手に負えない魔獣よ。やつは図体がデカいわりに俊敏な動きをして、棍棒で人間を薙ぎ払ったり叩きつぶすの。そんな化け物をあんたみたいな温室育ちのお坊ちゃまが倒せるわけがないじゃない! いったいどういう頭をしているのよ? ギルドの親方や受付が止めに入ったんじゃないの!?」
僕はちょび髭のおじさんを頭に浮かべ、彼にイワーク洞窟のビックコブリンを倒したらギルドへ加入させてもらえる話になっていることを四人に話した。
すると先生――は「サギーのやつめ、また適当なことを言いおったな」と愚痴る。
「クライン家のご子息よ、悪いことは言わん。そなたの力では到底ビックコブリンを倒すことはかなわん。今すぐここを離れられよ」
「いやです、帰りません」
すんなり先生の言葉を聞き入れると思っていたメリーさんとエリザさんは怒りの形相で僕に詰め寄る。
「なぜだ? きみは血族なのだからギルドの真似ごとなどする必要はない身分だ。いくら王宮での出仕の任を解かれたからとヤケを起こすな。きみなら他の仕事にいくらでも就けるだろう」
「メリーの言う通りよ。あんたが召喚師だとしても、戦い慣れしていないじゃない。今だって魔力が尽きてヘロヘロになっている。なんでサギーなんかの言うことを真に受けるのよ?」
「その……英雄を探しているんです」
四人はそれぞれ目を丸くし、お互いの顔を見合わせた。
「エーユー? 何よ、あんた友だちでも探しているわけ?」
「違います。勇者様を探しているんです」
僕の発言を耳にすると先生もメリーさんもひどく困った顔をして、言葉に窮している様子になる。
ぶっとエリザさんは吹き出し、笑い出した。
「何よ、勇者って! それならフェアリーランド王国の城下町の像でも見に行きなさいよ」
「そうじゃないんです!」
突然大声で叫んだからエリザさんは猫のように飛び上がり、メリーさんの腕にしがみつく。僕を酔狂な人間じゃないかと疑うメリーさんや先生の視線が突き刺さる。
息を整え、過去の女神様の思し召しについてを皆さんについて話す。
「信じていただけないと思いますが、僕はフェアリーランド王国の過去の女神様の力ですでに二回、時間を巻き戻しているんです」
「なんでだ?」
静かに横に立っていたマックスさんに訊かれ、僕は喉を締め付けられるような感覚を覚える。
やっぱり、こんな夢物語みたいな話をしたところで誰も信じてくれるわけないんだと絶望を感じる。
すっとマックスさんは僕のまえへ移動し、その場で跪いた。はちみつのような、きれいな目でまっすぐ見つめられる。
「おまえは召喚師の力を持っている。おまけにめったに人前に姿を現さない妖精や、異国の神である蛟の主と交流をし、召喚した。だとしたら、その話も信憑性のあるものだ」
「嘘でしょ、マックス! こんな変人の言うことを聴かないでよ!」
「よすんじゃ、エリザ。マックスの言っていることは筋が通っている」
「そうだぞ、エリザ。現に私たちはクライン家のご子息が異国の神を召喚するのを目にした。戦闘力の低い彼が、この洞窟の中腹まで一人で来たのだとしたら、それは召喚師の力をフル活用し、人ならざるものたちの力を借りたということの証だろう」
先生とメリーさんの意見を訊くとエリザさんは口を閉ざした。
両手を膝の上で組んでギュッと握る。女神様のことを話そうとするとエドワード様やノエル様がしてきた仕打ちを思い出し、怒りと悲しみが心の中で渦を巻く。全身に冷や汗をかき、僕の両の手は小刻みに震え出す。
マックスさんは僕の様子がおかしいことに気づき、僕の両の手を包み込んでくれた。古傷とタコのある無骨で大きな男の人の手だ。僕の胸はドキッと高鳴る。
――まだ出会ってからそんなに経っていないし、お互いのことを何も知らない。それなのに僕は魔力供給のためとはいえマックスさんに唇を奪われ、そのあとも彼に触れられている。まだエドワード様と別れて三ヶ月しか経っていない。極悪非道なことを行う彼に愛想が尽きてはいるものの未練や、彼を恋い慕う気持ちはわずかながら、しこりのように残ってる。そんな状態で他の男にキスをされたら普通は嫌でたまらない気持ちになる。それなのに、僕はマックスさんとの触れ合いが嫌ではないのだ。
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