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第9章 埋まらない溝1

「ルキウス!」  グラグラする頭をなんとかして持ち上げれば、目の前にマックスさんがいた。 「どうして、ここへ?」 「メリーの転移魔法だよ」と彼は答え、水筒を手渡してくれた。  マックスさんから受け取った水筒の水を、ちびちびと飲みながらクロウリー先生の治癒魔法を受ける。傷ができ、ピリピリとひりついていた肌が、あっという間に元通りになった。 「水晶玉から動きを見させてもらったぞ。じつにあっぱれじゃった、ルキウス殿。あのようにビックゴブリンを倒すとは思いもよらなんだ」 「いえ、あれは七匹のゴブリンやお姉さんたち、『裁定』の神の力のおかげです。自分でも、あのようにうまくいくとは思いもしませんでした」 「そうよ、あんたは何もしていない。あれは全部まぐれだわ」  どこか棘のある口調でエリザさんがしゃべる。ジトリとした目で僕の方を見た。 「よさないか、エリザ。ルキウス殿はしっかりと七匹のゴブリンからゴブリンの特性を聞き、作戦を立てていた。適当に動いていたわけではないぞ」とメリーさんが、しかめっ面をする。  しかし、エリザさんはムッとした表情を浮かべて、メリーさんに反論する。 「だって、おかしいじゃないの! そいつは魔物だか、幽霊だか、古の神だかの力を借りるばっかりで、ちっとも自分の力で戦っていないじゃない!」 「エリザ!」 「こいつは自分ひとりで戦おう、何かをしようなんて、はなから思っていない! 卑怯にも、人の手を借りることばかり考えている。偉そうにノエルとかいうやつのことを悪く言っているけど、だったらあんたは人に何かものを言えるほど偉いとでも言うの!?」  ヒステリックに喚き散らすエリザさんに妙な違和感を覚えるものの慣れない酒を飲んだ頭では、何も考えることができない。 「ならばエリザ、儂を始めとした魔術師たちも自分の力では戦っておらぬというのか? 儂らの力は精霊や神々の祝福によって成り立っておるものじゃ。ルキウス殿とて召喚師というだけで、原理は同じ」 「おじい様は杖で敵を薙ぎ払うわ! 魔術師は魔力が枯渇したら剣や拳で戦うもの。だけど、そいつは魔力がなくなったら、すぐにぶっ倒れるだけ。自分の力で魔物を倒すことができないじゃない!」 「人には得意・不得意がある。きみが一切、魔法を使えないように、ルキウス殿は召喚魔法以外の攻撃が得意じゃない。それだけのことだろう」 「よけいなことを言わないでよ、メリー!」  ぼうっとする頭で、切羽詰まった様子のエリザさんの方を眺める。 「貴族は自分の手で何かをしようとはしない。いつだって誰かを、何かを見下して生きているのよ……!」 「いいえ、それは違います! そのようなことは――」  するとエリザさんは憎しみのこもった眼差しで、僕のことを凝視した。両の拳をこれでもかというほどに強く握りしめ、身体を小刻みに震わせる。 「あんたが血族だから……クライン家の人間だから、少しはマシな人間だと思っていたのよ。けど、あんたは、よりによってエドワード王子なんかの恋人になった。過去の呪縛に取り憑かれ、人々を苦しめているような悪人を選んだ。……悪魔に魂を売った男と添い遂げようとした人間を、あたしは絶対に認めない!」 「っ!?」  かつての僕だったらエリザさんに対して「エドワード様を馬鹿にしないでください!」と彼女に食ってかかり、言葉を訂正するように言い募っただろう。  だけど三度も時間を巻き戻し、エドワード様の本性と真意を知ってしまった。  エドワード様に愛されていなかったこと。あの方は王様たちへ復讐するためにクライン家やその関係者を陥れたこと。ノエル様がフェアリーランド王国の国民を餓死させても平然としていて、一切咎めようとはしなかったこと。  だとしても、僕がエドワード様と付き合っていた事実は変わらない。  『過去』の女神様が戻してくれた時間軸は、あくまでノエル様と出会う一年前。エドワード様と付き合う前の時間軸じゃないから。 「あんたも、クライン家も汚い貴族の連中と同じ! ドロドロに腐ったヘドロみたいな血が、その身に流れているのよ!  『大切な人たちを守りたい』? そのために勇者をさがす? だからギルドに入りたい? そもそもあんたが、人に騙されるような馬鹿な人間じゃなければ、あいつを図に乗らせることも、力をつけさせることもなかったんじゃないの!? 大勢の人間が死んだのも、フェアリーランド王国が滅亡の危機に陥ることになったのも、全部あんたのせいじゃない!」 「いい加減にしろ、エリザ!」  今まで沈黙を貫いていたマックスさんが怒鳴り声をあげる。  ビクリと肩を揺らし、エリザさんは顔を真っ青にして、うろたえた。 「ルキウスだってエドワード王子たちの被害者だ。傷ついていないわけがないだろ?」 「だって、マックス……」 「むしろ『過去』の女神の気まぐれで、勇者を見つける 使命を負わされ、大切な人間を二度も失っているんだぞ。おまえが貴族や王族を心底嫌っているのも、エドワード王子を殺したいほど憎んでいるのもわかるが、ルキウスを責めるのはお門違いも、いいところだろう」

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