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第9章 溝1
「ルキウス!」
グラグラする頭を持ち上げれば、目の前にマックスさんがいた。
「どうして、ここへ?」
「メリーの転移魔法だ」と彼は答え、水筒を手渡してくれた。
マックスさんから受け取った水筒の水を、ちびちび飲みながらクロウリー先生の治癒魔法を受ける。傷ができ、ピリピリとひりついていた肌が、あっという間に元通りになった。
「水晶玉から動きを見させてもらったぞ。あっぱれじゃった。あのようにビックゴブリンを倒すとは思いもよらなんだ」
「いえ、あれは七匹のゴブリンやお姉さんたち、『裁定』の神の力のおかげです。自分でも、あのように上手くいくとは思いませんでした」
「そう、あんたは何もしていない」
ジトリとした目でエリザさんが僕の方を見た。
「よさないか、エリザ。ルキウス殿はしっかりと七匹のゴブリンからゴブリンの特性を聞き、作戦を立て、ビックゴブリンを倒しただろう。適当に動いていたわけではない」とメリーさんが、顰め面をする。
エリザさんはムッとした表情を浮かべ、メリーさんの方を一瞥してから、僕の方を見据えた。
「そうね、たしかにあんたは、ビックゴブリンを倒した。それはあたしも水晶玉から見ていた。殺すのではなく、生け捕りにして、罪を償う機会を与える。そんな倒し方もあるのかと驚かされたわ。このパーティのリーダーはマックスだし、約束は約束よ。あたしも、あんたがこのパーティに入ることを歓迎するわ」
「エリザさん!」
彼女から認めてもらえたことに、僕の心は明るくなった。
だが、その表情は、僕の加入をともに喜ぶものではなかった。
「けど、あんたは自分で戦おう、何かをしようっていう気概がない。人の手を借りるだけ。そんなんじゃ、エドワード王子の野望を打ち砕くことも、ノエルとかいう闇の魔術を使うやつを止めることもできないわ」
エリザさんに痛いところを突かれて、僕は両の拳を握った。
「ならばエリザ、お主はルキウス殿を認めないと? どんな形にせよ、この方はビックゴブリンを約束通り倒したぞ」
「認めていますわ、おじい様」とエリザさんが、静かに答えた。
「だけどね、おじい様は杖で敵を薙ぎ払う。魔術師は魔力が枯渇したら剣や拳で戦うもの。でも、あんたは魔力がなくなったら、すぐにぶっ倒れるだけ。自分の力で魔物を倒すことができない」
「人には得意・不得意がある。きみが一切、魔法を使えないように、ルキウス殿は召喚魔法以外の攻撃が得意じゃない。それだけのことだろう」
「そうね、メリー」
エリザさんはこちらをじっと見据えながら、メリーさんの言葉を肯定した。
「……貴族は、自分の手で何かをしようとはしない。いつだって誰かを、何かを見下して生きているのよ」
「いいえ、それは違います! そのようなことは――」
するとエリザさんは憎しみのこもった眼差しで、僕のことを凝視した。両の拳をこれでもかというほどに強く握りしめ、身体を小刻みに震わせる。
「あんたが血族だから……クライン家の人間だから、少しはマシな人間だと思っていた。でも、あんたは、エドワード王子なんかの恋人になった。過去の呪縛から逃れられず、人々を苦しめる悪人を選んだ。悪魔に魂を売った男と添い遂げようとした人間を、あたしは認めない」
「っ!?」
かつての僕だったらエリザさんに対して「エドワード様を馬鹿にしないでください!」と彼女に食ってかかり、言葉を訂正するように言い募っただろう。
だけど二度もときを巻き戻し、エドワード様の本性と真意を知った。
あの方は王様たちへ復讐するためにクライン家やその関係者を陥れた。ノエル様がフェアリーランド王国の国民を餓死させても咎めなかったのだ。
そして、僕がエドワード様と付き合っていた事実は変わらない。『過去』の女神様が戻してくれた時間軸は、あくまでノエル様と出会う一年前。エドワード様と付き合う前の時間軸じゃない。
「あんたも、クライン家も汚い貴族の連中と同じ。ドロドロに腐ったヘドロみたいな血が、その身に流れているのよ。『大切な人たちを守りたい』? そのために勇者をさがす? だからギルドに入る? あんたが、人に騙されるような馬鹿な人間じゃなければ、あいつを図に乗らせることもなかった。大勢の人間が死に、フェアリーランド王国が滅亡の危機に陥ったのも、全部あんたのせいよ」
「やめろ、エリザ」
今まで沈黙を貫いていたマックスさんが、エリザさんを咎めた。
ビクリと肩を揺らし、エリザさんは口を噤んだ。
「ルキウスもエドワード王子たちの被害者だ。『過去』の女神の気まぐれで英雄を見つける使命を負わされ、大切な人間を二度も失っているんだ。おまえが貴族や王族を心から嫌っているのも、エドワード王子を殺したいほど憎んでいるのもわかる。だが、ルキウスを責めるのはお門違いだ」
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