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第10章 あべこべな話1
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「お主、いったい何回同じことを言わせるんじゃ!」
バンッ! とクロウリー先生が机の上を叩く音が、室内に響く。
サギーさんは底意地の悪い笑みを浮かべて、返答する。
「ですからビックゴブリンを倒したのは、あなた方でございましょう? 戦闘経験のないクライン家のご子息が倒せるはずがありません。そもそも本当にビックゴブリンを倒したのでしょうな? 死体もなければ、姿も見えない状態で信じろと?」
「しつこいぞ。ビックゴブリンの死体がないからイチャモンをつけるのか!? やつや、やつの子分たちをイワーク洞窟から追い出したことに変わりはないだろう?」とメリーさんが不本意だといわんばかりの表情で詰め寄る。
だが、サギーさんは「追い出されちゃ困るんですよ」とちょび髭を弄り、パイプに火をつける。
「あいつがイワーク洞窟を根城にしている方が、こちらとしてはむしろ好都合だったんですから」
「なんじゃと!?」とクロウリー先生が机の上へ身を乗り出した。
僕とマックスさんもサギーさんの言葉に困惑し、顔を見合わせた。
「ビックゴブリンの行動範囲があらかじめわかっていれば、ギルドに討伐や護衛を頼める。けど、あんた方のせいでビックゴブリンとその手下が姿を消しちまった。今までは洞窟周辺を通りがかる旅人や民間人、洞窟内に侵入する連中を襲っていた。あんたらのせいでどこで出現するか、わからなくなっちまったんですよ! おおよその出現ポイントや稼働時間、動く周期がわかっていたのに……」
パイプを手に取り、煙を口から吐き出してサギーさんはクロウリー先生とメリーさんをジロリと見た。
「あいつらがどこへ向かい、どこで出没するのかといった情報も入らない。魔王のむくろが眠る死の谷に向かいながら村や町を襲って、人を殺し回ったら、どう落とし前をつけてくれるんですか?」
あまりにもひどい物言いだった。
堪忍袋の緒が切れたメリーさんはサギーさんの胸ぐらを摑み、彼の目を至近距離からガンを飛ばす。
「だから、ルキウス殿が召喚師として働き、ビックゴブリンらを倒したと言っているだろ! くどいぞ!」
しかしサギーさんは、そんなメリーさんのことを見て、ニヤニヤ笑っている。
「だったら、ビックゴブリンを倒した証拠をお見せ願えますかね?」
マックスさんが背中を丸め、「おい、ルキウス」と、僕に耳打ちする。彼の吐息がふっと耳にかかかり、身をよじる。
「何をするんですか!?」と小声で彼に抗議する。
「どうした、擽ったかったか?」とマックスさんは僕の反応を見て、にっと笑う。
「そうです。こそばゆかったんです。それより、こんな風にヒソヒソ話す必要がありますか? 普通にお話ください」
「だって先生も、メリーもヒートアップしているし、サギーも負けじと大声で、がなっている。そんな状況で、あいつらに負けないくらいの声量で話したら、喉を痛めるぞ?」と逆に注意をされる。
口ごもっていれば、「いっそ、こうやって内緒話をしている方が話しやすい。だろ?」と肩を抱かれて引き寄せられる。
彼の言っていることも一理あるのか?
顎に手を当て考えているとマックスさんが苦笑した。
「というのは冗談。もう一度、あの姉ちゃんたちを呼ぶことはできねえか?」と尋ねられる。
瞬間、ブワリと全身に汗をかく。
「その……」
心臓がバクバク鳴って、うまく息ができなくなる。氷にでも触れているみたいに、さあっと手足の先が冷たくなる。
もしかしたら、ギルドに加入する話がなくなってしまうかもしれない。そんな不安に襲われる。僕はあえて彼らに黙っていたことを打ち明けた。
「他の召喚師の方はどうかわかりませんが……僕の場合は召喚魔法を使うときに制限が掛かるのです。一定条件を満たさないと彼らを喚べません」
「たとえば、どんな?」と真剣な顔つきをしたマックスさんに顔を覗き込まれる。
マックスさんの凛々しく男らしい顔が、間近にある。それだけ。なのに僕の心臓は早鐘を打ち、火でもついたかのように身体が熱くなる。
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