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第10章 あべこべな話2

 精悍な顔つきでいるマックスさんに見とれ、彼の顔を見つめてしまう。 「ルキウス、黙っているとわからねえぞ?」  はっと意識を取り戻した僕は、勢いよく顔を横へ逸らした。  今、僕は何を考えていた。  マックスさんの行動に戸惑い、自分の身体や感情の変化に驚愕し、口元を手で覆う。  マックスさんが気になる。  それは、エドワード様やノエル様から受けた心の傷が癒えていないから。  胸にぽっかり空いた穴。その穴を埋めるために、マックスさんの優しさに甘えたくなっているだけ。  ほんの些細なこと。ルパカーの件で困っていたマックスさんを見過ごせなくてお節介を焼いた。それなのに、彼はビックゴブリンの討伐を黙認し、僕のことをギルドに推薦してくれた。  第一、暗殺者に狙われていた人間の命を救ったのだ。お礼として金品を要求することだってできる。だけど彼は要求してこない。パーティのメンバーから信頼され、男気のある人。  僕は、この人が、ピーターや義姉様を慕っている城下町の人々のようだと信じたいのだ。  どっちにしろマックスさんの行動に他意はないだろう。一人勝手に意識をして、慌ただしい動きをしている。人から訊かれていないのに、勝手に「恋愛経験が乏しい人間です」とアピールをしているようで、じつに情けない。  それでもひそかに淡い期待をし、彼の行動に胸をときめかせているのだ。  怪訝な顔をしたマックスさんが、僕の顔の前で手を振る。 「ルキウス?」 「……すみません。話す内容について、ちょっと整理していたんです」 「そっか、ならよかった」   目を細めて笑うと子どものように無邪気な顔になるのだな、なんて脳天気なことを思う。  次の瞬間には、マックスさんは戦いの最中のように、キリリと気を引き締めた表情を浮かべる。  恋愛のことを悠長に考える状況じゃない。僕も気持ちを切り替え、居住まいを正す。 「召喚できるものと関係のある環境、状況を作らないと駄目なんです。七匹のゴブリンは薄暗いところ、または魔王に属する魔物を退治するときにしか召喚できません。お姉さんたちは幽霊なので、夜であることが必須です。さらに賭け事をしたいと心から望む存在が十体以上揃う必要があります」  マックスさんが目を大きく見開く。 「蛟の主や『裁定』の神のような高位の存在を呼ぶ場合は、さらに召喚する条件が厳しくなります。蛟の主なら僕自身が命の危機に陥り、清い水が溜まった草花の生えた場所でしか召喚できません。『裁定』の神は被害者と加害者が明らかな状態で、証人となれる存在が三体以上必要です。物証や状況証拠などを揃え、加害者が被害者へ危害を加えたことを立証できなければ、召喚に失敗します」 「そんな状態の召喚師がいた前例はないんだけどな」  唇に指をあて思案しているマックスさんに向かって「そうなのですか?」と震えそうになる声で、訊く。 「ああ、どこの国の召喚師も自由自在に自分の見知ったものを呼ぶ。そんな状態になっている召喚師は一度も見たことがない」  他の人たちができることが、僕にはできない。その事実を突きつけられて、どんよりとした気持ちになる。  あからさまに慰めたり、「大丈夫だ、いつかできるようになる」と無責任な言葉を口にするでもなく、マックスさんは奇妙な問題について考えを巡らせていた。 「何か心当たりはないか? 幼いときに呪術者や悪魔っに会ったとか、怪しい人間に怪我をさせられたとかさ」  思い当たる節はなく、首を横に振った。  その後、マックスさんは口を閉ざしてしまった。  失望されたのだろうか?  「すみません、お役に立てなくて」 「謝るなよ、おまえは戦い慣れていないのに、見事ビックゴブリンを倒したんだ。それを誇れ。おまえのその状態には何か原因があるんだろう」 「原因……」 「ゆっくり対策を取ればいい。もし、どうしようもなくても、他の方法を取ればいい。――あっちも堪忍袋の緒が切れたな」 「えっ?」  突然グイとマックスさんに肩を抱かれ、いささか乱暴に壁際へ押しつけられ、身体を抱きしめられる。  口から心臓が飛び出してしまいそうになり、目を回す。  室内に目を向ければ。何かを察知したらしいメリーさんとクロウリーさんが受付のテーブルから飛び退き、壁際へ移動する。  ドゴーン! と大きな音が響くと同時にサギーさんの悲鳴があがる。木製の扉がサギーさんの身体めがけてヒットする。サギーさんの頭の上に星が回る。  扉のあった場所からコツコツと靴を鳴らす音がする。外で筋トレをしていたエリザさんだ。  まるで町ひとつを破壊し、火の海にする大型魔獣のような気迫で室内へ入ってくる。その手には槍がある。 「サギー、あんたはだれのおかげでギルドの受付になれたの? 恩を仇で返すつもり?」  サギーさんが悲鳴をあげる。顔を真っ青にさせて逃げ出す。  しかし、エリザさんの放った槍が彼を追い、彼の服を刺す。(はりつけ)にされたサギーさんが、ひどくおびえた表情を浮かべる。揉み手をしながらエリザさんのご機嫌伺いを始める。

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