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第11章 宿敵との邂逅1

   *  あまりの眩しさに目をつぶる。  ふたたび目を開けるとなぜか真っ暗な空間にいた。  マックスさんたちの姿はない。彼らの名前を呼んでも返事がない。  訳もわからず右往左往していると『過去』の女神様が現れた。しかし彼女の身体は以前のように光り輝いておらず、出現したかと思うと地に伏してしまった。 「女神様!」  力なく横たわる彼女を抱き起こす。『過去』の女神様の真白で流麗だった衣装は、黄ばみ経年劣化したボロキレのようになっていた。この世のものとは思えないほどのよい香りではなく、死の臭いを纏っていた。花の冠はボロボロになり、花が枯れている。  彼女の足元には、七色に光る蝶の干からびた死骸が落ちていた。 「ルキウス、気をつけて」 「女神様、いったい何が起きているのですか?」 「あの神子は、悪魔の力を借りて世にも恐ろしいことを――」  彼女は話の途中でガクリと首を横にし、全身から力が抜け、ダラリとなってしまう。  そうして『過去』の女神様と蝶は、メリーさんやクロウリー先生のように身体が透明になっていき、遂には金色の粒子となって消えてしまった。 「お待ちください、女神様!」  女神様のいた場所をぼうっと眺める。背後から靴音がして、慌てて振り返った。 「マックスさん!?」  そこに立っていた人間の姿を目にして、背筋が凍りつく。 「やっと見つけた。ここにいたんだね、ルキウス!」  ノエル様だ。  僕は立ち上がり、機嫌よく笑っている彼と対峙する。 「フェアリーランド王国の『過去』の女神の力を借りて時間を巻き戻すなんて、よくやるね」 「なぜそれを?」 「決まっているよ、だってぼくは神子だもん。おまえのやっていることは全部、お見通しだよ」 「また嘘をつくのですか? あなたは偽物でしょう」  人を嘲り笑う嫌な笑みを浮かべながら、一歩一歩近寄ってくる。 「でも、神官や重臣たち、王様も、エドだってぼくを本物と信じて疑わないよ。そもそも、ビックゴブリンを騙して討伐したやつに、そんなことを言われるのは心外だな。嘘つきはどっち?」  ビックゴブリンを倒したことまで彼が知っていることに驚愕する。  全身にダラダラと脂汗をかく。彼と距離を置くために後ずさる。  絶大な闇魔法の能力者であるノエル様とやり合ったら、確実に負ける。召喚魔法を使うにしても正面から戦うのは得策じゃない。そんなことをすれば、確実に僕は死ぬだろう。 「まさか、王族の血を引くおまえがギルドになるなんて夢にも思わなかったよ! そんなに英雄だか、勇者をさがして、エドを取り戻したいの? そうだよね! 身も、心も捧げて一生涯尽くすつもりでいた。結婚はできなくても、夫婦みたいにずーっと一緒にいたかったんだもんね」 「そうですね」 「だからルキウスは、ぼくを暗殺することまで考えた。誰も殺せない、傷つけることのできない心優しいルキウス・クラインなんて嘘っぱち! おまえも、おまえをいじめてきたやつとなんら変わらない。私利私欲のためなら、他人を傷つけることを厭わない。大好きなエドワードをぼくにとられちゃったからつらくて、悲しくて仕方がないんだよね。かわいそう!」  同情するような言葉を口にしながら、実際は人を見下し、優越感に浸っているノエル様の態度に不快感を味わう。同時に腹立たしさを覚える。 「たしかに、最初はあの方に選ばれたあなたを許せなかったです。エドワード様の心を、あなたから奪い返すことも目的のひとつでした」 「ああ、よかった!」とノエル様は手を叩いた。 「よかった?」  思わず訊き返すと「じゃなきゃエドワードを奪った甲斐がないじゃん!」とのたまう。「おまえが悲しみに暮れ、何もできない己の弱さを悔い、ぼくを恨みながら死ぬ姿が見たいんだから」  わざと煽られている。  でも、なぜか僕の心は不思議と凪いでいた。  頭の中に浮かんだのは、薔薇の庭園で愛の言葉を告げてくださったエドワード様の姿じゃない。大剣を構え、『自分を信じろ』と背中を押してくれたマックスさんの背中だった。  なんて現金なものだろうと笑みを浮かべる。 「何を笑っているんだよ、気持ち悪いな」とノエル様が悪態をついてくる。 「不可能だと思いますよ」 「は?」  僕の発言を耳にするとノエル様は真顔になった。 「あなたの望む姿をお見せすることはできないようです。なぜなら僕はエドワード様と恋仲に戻るつもりなど毛頭ございません」 「何を――」 「むしろ、あなたに感謝しているんです。あの方と添い遂げることがなくなり、心底よかったと思っています」  いつも余裕綽々なノエル様が初めて動揺する。僕は死の恐怖と戦いながら、彼に語り続ける。 「あの方を思い続けて大切な人たちや生まれ故郷を失うくらいなら、あの方の敵となり、最期まで戦います。姑息な手を使い、あなたを暗殺することも、二度としません。あなたたちと同類にはなりたくないので。真っ向から勝負させていただきます」

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