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第11章 宿敵との邂逅2*

 鬼のような形相をしたノエル様は、ふふっと笑ったかと思うと、腹を抱えて笑い出した。 「何がおかしいんですか?」 「だって、エドに捨てられたショックで、そこまで頭がおかしくなっちゃったんだと思うと笑えてきちゃう! 本当に救いようがないね、おまえ。じつにあわれだ」 「どうぞ、お好きなように。必ず僕は英雄を見つけ、大切な人たちの未来を、フェアリーランド王国を守ります」 「やれるものならやってみなよ。だって……おまえは、この場で死ぬんだから!」  黒紫色の禍々しい球が僕の左頬と左耳を掠めた。刃物で切りつけられたかのような痛みを感じ、肌に触れれば手に血が付着する。  ノエル様は両手を肩まで上げ、人の頭蓋骨ほどの大きの球を作る。バチバチと電気を放つ球を、次々と僕に向かって投げてくる。  応戦しようと思い、腰の部分にある杖のホルダーに手をかける。でも……杖が見当たらない!  これじゃあレッドも、蛟の主も()べない。簡単な防御魔法すら使えない。 「ほらほら、さっさと逃げな。少しは、下手くそなダンスを披露して、ぼくのことを楽しませてよ!」  僕は真っ暗な空間を駆け、少しでもノエル様と距離を置こうとする。  だけどノエル様は神々のように宙を浮遊し、僕を追いかけてくる。 「おまえのせいで、エドが真にぼくのものにはならなくなっちゃったじゃないか! どうしてくれるんだよ!」 「何を言っているのですか? あなたは、何度も彼の心を射止めてきたではありませんか! そもそも、この時間軸では、僕とエドワード様はすでに別れているのですから好きにエドワード様にアプローチして、さっさと結婚すればいいでしょう!?」 「それじゃうまくいかないんだ! おまえが王たちの暗殺を企てたとエドが思い込まない限り、エドはぼくのことを好きにならないんだよ!」 「何を言っているのですか!? 訳のわからないことを仰らないでください!」  走るのが苦手で、すぐにノエル様に追いつかれてしまう。なんとか球を既のところで避ける。身体に直撃はしないものの身体の節々を掠め、どんどん怪我をして血が流れ出る。  球が僕の脛を掠め、僕は叫び声をあげて地面に倒れ込んでしまう。  ノエル様は空を飛ぶのをやめ、僕の方までずんずん歩いてくる。  地面を這って逃げようとしたら、怪我をした足をグリグリ踏まれる。 「つくづくおまえって傲慢なやつだよ。家族から愛されて、友だちもいる。王族の血を引いているから金に困ることもなければ、職場の上司や同僚にも恵まれている。おまけにこの世界でも数少ない召喚師と来た!」 「だから、なんだというのですか!?」 「ずるいんだよ! なんの苦労もしていないやつが、楽して悠々自適な生活をしているなんて、許せるわけがないだろ? なのに、みんなおまえに騙されている!」 「僕だって、」  僕だって、なんの苦労もしていないわけじゃない!  同性愛者であることを貴族や、親戚に馬鹿にされ、差別されてきた。  王様から重用されている父様や、王族の血を引く母様のことを恨み、目の敵にしている連中から嫌がらせを受けてきた。  メイドとして侵入した暗殺者に毒を盛られたり、恐ろしい流行り病にかかった間者と接して死にかけたことだって、一度や二度じゃない! だから家族や従者以外の人間を信じることができなかった。  学院でも、いつもひとりぼっちだった。いじめられて、意地悪をされてきた。七匹のゴブリンややお姉さんたち、蛟の主に出会っていなければ、僕は死んでいた。  ピーターが中途入学で高等部に入ってきて、職場の人たちに出会ったから、人を信じることができるようになっただけ。  そうノエル様に伝えたかったのに、彼は聞く耳を持たず、僕の話を遮った。 「おまえのような悪役令息は、神子であるぼくが断罪してやる。おまえに味方する馬鹿な天上の神々も、おまえのような人間のクズをのさばらせた嫌らしい連中も、エドワードを敵視する王族も、彼を王座につける気のない愚民共も、すべてぼくが消す。最後に幸せを摑むのは、ぼくとエドだ」 「まさか――あなたは、エドワード様を玉座につけるために魔王の封印を解いたというのですか!?」 「そうだよ。毒は毒を持って制す。おまえらのような悪い連中を倒すには、手段を選んでいられないからね」 「なんて馬鹿なことを! エドワード様と自分の幸せだけを考え、多くの人間を苦しめるあなたの方が、悪役……」  腰をかがめたノエル様に、思いきり頬を張られる。  ああ、やっぱりエリザさんは手加減をしていたんだな、なんて思いながら口の中が血の味でいっぱいになる。 「ぼくは親切な人間だからね。頭の悪いおまえに教えてあげる。この世界の人間なんて(あり)にも劣る存在だ。いちいち蟻を踏まないように歩く? そんなこと、人間はしないよね。  小説を原作にしたゲームのキャラクターの生死を考えるやつがいる? 地球から来た人間であり主人公(プレイヤー)のぼくが、おまえらを踏み潰し、蹂躙することの何が悪い。これは道理にかなったことなんだよ?」 「いいえ、違います! 偽りの神子であるあなたに、人の生死を左右する資格なんかない!」 「ほんっと、むかつく。マジでウザいんだけど。早く消えろよ」  彼はどこからともなく短剣を取り出し、僕の髪をむんずと引っ摑んだ。 「僕を殺すのですか!?」 「そう、この時間軸のおまえをこの短剣で刺せば、『過去』の女神の加護は消える。そうすれば、おまえの記憶も、今まで行ってきたことも全部リセットされるんだよ。おまえは最初の世界で斬首刑をする直前に逆戻り。そのまま首を斬られて絶命する」  ノエル様の言葉に息を呑んだ。  今までやってきたことが全部無駄になる!? また最初の地点に逆戻りして、死ぬなんてごめんだ……!  僕は手足をガムシャラに動かして、ノエル様から逃れようとする。すると手足を黒い衝撃波のようなもので斬られ、悲鳴をあげる。  とうとう動けなくなってしまう。 「いち悪役でしかないキャラクターが、ぼくに楯突くな! 正義の味方に倒される悪役なんだから、さっさと死ねっつーの!」  短剣が振りかざされ、僕の胸めがけて振り下ろされる。  死にたくない……! ここで終わるなんて絶対に嫌だ!  すると先程と同じ溢れんばかりの白い光が、暗闇の世界を照らした。  僕は眩しく感じるだけだったが、ノエル様は悪魔の断末魔のような悲鳴をあげて苦しみ悶えた。 「クソ! 覚えていろよ、ルキウス・クライン……」  そうしてノエル様は姿を消した。

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