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第11章 暗雲が立ち込める2
「さて、これで、めでたくルキウスもギルドの一員となったわけだ。今後の話を軽くして、メリーの療養を経てから次の仕事に取りかかる形でいいな?」
どこか落ち込んだ様子のエリザさんの背中を押して、クロウリー先生がギルドの館の出入り口の修復を始める。
「単刀直入に言う。魔王が復活した」
「魔王が復活ぅ!?」とサギーさんが飛び上がり、天井に頭をぶつけた。
「それは、またとんでもないブラックジョークですよ」
「こんな状況下でくだらん冗談を言う訳なかろう、愚か者!」と魔法で壁の修復をしているクロウリー先生の喝が、サギーさんに入る。
「魔王の封印を解いた大胆不敵な不届き者が現れたんだ。そうだろ、ルキウス」
話を振られた僕はノエル様の話を、サギーさんたちに伝えた。
「偽の神子である異世界の人間が、魔王の封印を解いたんです。エドワード様と自分の幸せを摑むために、悪魔の言うことを聞き入れ、復活させました」
「すまない、ルキウス殿。話を遮ってしまって申し訳ないが、話の内容がよくわからない」と椅子に座っているメリーさんが、こめかみに手を当てて頭の痛みを堪えていた。
「偽の神子はエドワード王子と結ばれたいと思っているのだろう? だが貴殿はエドワード王子に別れを告げ、恋仲ではない。すでに別れているんだ。それどころかエドワード王子は、ルキウス殿の殺害を目論見、刺客を送ってきている」
「その通りです」
「おまけにエドワード王子は何度も偽の神子を愛し、結婚まで考えているのだろう。ルキウス殿がいない分、今までよりもエドワード王子と恋仲になり、結婚するまでの時間も短縮できるはずだ。当初の目的は達成したも同然だろう」
「そうです。僕もそのように申し上げたのですが『エドワードはおまえが王たちの暗殺を企てたと思い込まない限り、ぼくのことを本当の意味で好きにならないんだよ!』と主張なさりました」
「はあ? 申し上げた? あんた、偽の神子に会った訳!?」
受付の奥に転がっていた扉の残骸や壊れた取っ手などをクロウリー先生に手渡していたエリザさんが、信じられないという目で僕の方をジロジロ見た。
居心地の悪さを感じながら、肩をすぼめる。
「僕だって、あの方とは顔を合わせたくなかったですよ。ですが、皆さんの様子がおかしくなった際に、サギーさんに転移魔法を僕にかけられました。『王都へ帰れ』と言われたのに、行き着いた先は暗闇の中。そこにあの方がいたんです」
「おそらく偽の神子は、サギーの転移魔法を上書きし、自分の作った亜空間へルキウス殿を呼び寄せたんじゃろうな」
壁の修復が終わったクロウリー先生が、自分の杖で腰を叩いていた。
「しかし、師匠。話がいろいろとおかしくはありませんか? 幸せを摑むためなら、この世界を滅ぼしかねない存在である魔王を解き放つ必要などないはず。そもそもルキウス殿の話では、彼が現れるのはもっと先の話だった。ルキウス殿、このようなことは前回、前々回の世界ではなかったのか?」
メリーさんの質問に僕は首を横に振ることしか、できなかった。
「なかったです。今回が初めてのことです。偽の神子は、この世界の人間の命は、蟻にも劣るものだと考えています。魔王の力を行使し、天上に棲む神々も、僕を始めとしたクライン家の人間、王様や王妃様、アーサー様やシャルルマーニュ様、エドワード様の道を阻む国民も、すべて根絶やしにして己とエドワード様の幸せを摑むそうです」
ダン! と音がした方向を見る。クロウリー先生の修復魔法によって新たに作られた壁に、さっきエリザさんがサギーさんへ投げつけた扉がハマっていた。エリザさんは扉の建てつけを確かめながら「そんなふざけた話があってたまるもんですか」と静かにつぶやく。
「何が蟻にも劣るよ。魔王を復活させれば、多くの命が失われる。長い長い戦いが続くのに、エドワード王子と幸せになる? そのためなら、何千何万の命が犠牲になろうと構わない? どうかしているわよ、そいつ」
エリザさんは扉の前から動かないまま、だんまりを決め込んだ。
腕組みをして僕らの話を聞いていたマックスさんが、口を開いた。
「魔王は実体があって、ないようなものだ。生きとし生けるものの弱い心や悪意を嗅ぎ分け、その心に漬け込み、寄生する。最後には手下となるように懐柔し、自らの駒にする。だから勇者一行が魔王を封印するまで三百年も時間がかかり、多大な犠牲を払うことになった。
けど、魔王は封印することはできても、この世から消滅させることはできねえ。あいつは何度でもよみがえり、この世を地獄にしようと何度でも試みる。それこそこの世界の生き物が、すべて絶滅でもしない限り、何度だって現れるんだ。サギー」
「は、はい!」
急に話を振られたサギーさんはびっくりしながら返事をし、居住まいを正した。
「魔王は復活した。これからはビックゴブリンなんか比じゃない魔物や悪魔、魔獣がウジャウジャ出てくる。気を引き締めろ」
「それはもう。こちらも、きゃっつらの動向には目を光らせますとも! 他のギルドや衛兵たちにも情報を共有しときますわい」
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