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第11章 暗雲が立ち込める3
「ああ、頼む。――ビックゴブリンはルキウスが確実に討伐した。事実じゃないと思うなら、他のギルドや魔物専門の研究者、教授陣を入れろ。ルキウスがビックゴブリンを倒す姿をオレたちは水晶から見ていた。偽証の魔法もかけられていない。現場検証をしてもいい」
「そ、そうですね。後ほど報酬をクライン様にお支払いします。他のギルドの方の反対意見が出ても困りますので、そのような形でお願いしたいところですね」とサギーさんは気まずそうに、両手をさすっていた。
「早々に日取りを決めて連絡してくれ。それと魔物たちだけでなく、ブラックリスト入りしている人間たちの動向にも目を光らせろ。魔王の駒にでもなられたら、大変だ」
マックスさんの言葉を聞いたサギーさんはさっそく動き出し、受付のデスクで急ぎの手紙をささっと書き、大量の伝書鳩を外へ放った。
「で、そいつと偽の神子の問題が、世界的な規模になったからって、どうしてあたしたちがおかしくなるわけ? マックス、もったいぶらずに、あんたの考えを言いなさいよ」
エリザさんの言葉を耳にするとマックスさんはエリザさんと僕のことを交互に見た。
「おまえが“悪役令嬢”でルキウスが“悪役令息”だから、だろ?」
「何よ、それ」とエリザさんは眉間にしわを刻んだ(もっともなことだと思う)。
「おかしくなったサギーがおまえのことを、そう呼んでいたんだよ」とマックスさんが告げる。「異世界から来た偽の神子は、心の底から信じているんだろうな。自分がフェアリーランド王国を導く伝説の神子だって。自分をこの世界に呼び寄せた悪魔のことを神と勘違いしている。そうだろ」
「はい。そうです」
「悪魔に丸め込まれたそいつは、オレらが魔王を最大の敵と認識しているように、悪役なんちゃらっていうのを最大の敵だと認識している」
「馬鹿みたい、あたしは令嬢でもなんでもない。悪役令嬢って……」
話の途中でエリザさんは、目を大きく見開いたかと思うと唇を嚙みしめた。どうしたのだろうと彼女に声を掛けようとしたら、マックスさんに話しかけられる。
「おまえも知っているだろ。先のご寵妃様と王妃様が不仲であることを」
「もちろんです。もしも、ご寵妃様と王妃様の仲がよければ、エドワード様が王位簒奪など考える由 もなかったのではないかと思います」
「そうだな。……じゃあ、これは知っているか? 王妃様がアーサー王子を生む前に、ご寵妃様は王子様を生んたって話だ」
僕は彼の言葉に驚愕した。そんなことは初耳だったからだ。
「何しろ王子様は、生後三ヵ月で亡くなった。事件性もなく、事故で処理されたから最近の人間は知らないやつが多いんだろうな」
「事故? 死因はなんだったんですか?」
「はちみつだ。乳母の乳房に毒でも塗られたら困ると思ったご寵妃様が、両親の領地でとれたヤギのミルクだけを王子様に与えていた。それを当時の料理長が誤って、王妃様のご所望されたはちみつミルクと間違えた。それで王子様はあの世行き。当時、王子様の侍女を任されていたエリザの母親は、そのまま斬首刑だよ」
「ま、待ってください! 事故死なのに、なぜエリザさんの母君が斬首刑に? 第一、その話とエリザさんが悪役令嬢になる理由が――」
「歴史が変われば、エルザはギルドなぞ、やっておらんじゃろうよ。ルキウス殿」とクロウリー先生が悲しげな顔つきで、エリザさんの背中を眺めていた。
「エリザの母親は上級貴族で、幼いときから王妃様と仲が良かったんだ。けど、親の関係で王妃様付きの女官にはなれず、ご寵妃様の下で働くことになった。だから、ご寵妃様の王子を暗殺したんじゃないかと王様に疑われ、重い処罰を受けることになったんだ。そのとき、エリザの母親を殺してほしいと願ったのが、ご寵妃様だ。王様の重臣であったエリザの父親も流刑に処せられた。二人の子どもであるエリザは、奴隷身分へ落とされたんだよ。もしも二人が命を落とすことなく生きていれば、エリザは貴族の令嬢として、王宮を出入りしていただろうな」
だからエドワード様を憎み、王妃様に疑惑を持たれて王宮を出ていかざるを得なくなったのかと腑に落ちた。
「あたしはあたしよ。……ただの剣闘士のエリザ。それ以下でも、それ以上でもないわ」
エリザさんはこちらを振り返り、「そんなことより」と口を開いた。
「外に出ていたときね、まるでドラゴンが慌てて飛んでいるか、流れ星のようなスピードで黒いちぎれ雲が、北西の方へ飛んでいったのよ。一瞬だけど世界が夜になったみたいに真っ暗になって、雷みたいな閃光が遥か彼方に落ちたわ。そうしたら急に空が晴れて、無性に腹がムカムカし始めたのよ。で、おじい様やメリー、サギーの怒鳴り合いが始まったって訳」
その話を聞いて僕は心底ゾッとした。
まるっきりノエル様が、この世界にやってきたときと同じだったから。
「それはきっと偽の神子です。前回も前々回も、あの方は暗雲と雷とともに、この世界へやってきましたから。間違いないと思います」
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