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第11章 帰路につく4
にっと笑う彼に「結構です。この状態でお願いします!」と答える。
僕はマックスさんの手を握りしめた。
フロレンスはそんな僕らの様子を、砂糖を吐きそうな顔をして見ていた。彼女のそんな顔を始めてみたので声を掛ける。
フロレンスは首を左右に振って、ため息をついた。
「さてと中に入ろうぜ?」
「中? 船ですから上に立つのでは?」
「船室があるんだよ。こっちだ」とマックスさんに手を引かれる。
よく見ると奥の方に小さな馬小屋のような四角い箱とシンプルな作りの扉があった。
男ふたりと馬一匹が座る余裕はなさそうだ。
内心、ため息をつく。
それなのにマックスさんは遠方へ旅行をしに行く子どものような笑みを浮かべ、「開けてみろよ」と促してくる。
不思議に思い、扉を開けた瞬間、僕は叫んでしまった。
マックスさんとフロレンスの手綱を引っ張り、小屋を一周する。
「どうなっているんですか! これ!?」
僕は再度扉を開き、中を指差しながらマックスさんに訊く。
小屋の中はまるで僕の住むクライン家の館並に広い空間だった。いや、もしかしたら王宮並みに広いのかもしれない。
「言っただろ、魔法の船だって」とマックスさんに背を押され、入るように促される。
不思議な空間の中に入るとマックスさんの手が放れた。
「さてとルキウスのパートナーである彼女は、他の連中といるのが好きか? それとも、一匹でいる方が好みか?」
「フロレンスですか? フロレンスは、一匹でいるのは苦手です。何しろ小さいときから家族や姉妹と暮らしていましたから」
「なるほどな」
「ですが大勢の馬、特に雄馬がいるところは大の苦手なんです。貴族の催しで馬が一箇所に集められたときに、ずいぶん雄馬たちに追いかけ回され、精神的に参ってしまったんです。以来、雌馬がいないところだと落ち着きがなくなってしまって」
「じゃあ、あっちの方が好きかな? こっちに連れてきてくれるか」
そうしてマックスさんは右横にあった鍵束を手に取った。
草原の絵が描かれた扉を開くと、そこには絵と同じ草原が広がっていた。
ペガサスやロバ、他の美しい馬たちがのんびりと過ごしている場所にフロレンスは大喜び。僕に走ってきてもいいかと訊き、頭を下げてマックスさんにお礼を言った。
「彼女、なんだって?」
「とてもうれしいと言っていました。すごいですね、船の中にこんな空間が広がっているなんて」
マックスさんが扉を閉めながら「違うよ」と答える。
「この船の空間がいろんな別の場所に繋がっているんだよ。古の魔法でな」
僕は彼の後ろを歩き、迷路のように入り組んだ道を歩きながら話を続ける。
「このような魔法は学院でも習いませんでした。古の魔法というのは、おもしろいものですね」
「逆だよ、逆。今の魔法が攻撃だ、防御だ、治癒だ、効率だって、つまらなくしちまってる。昔はもっと世のため、人のために魔法が使われていたし、個人のための魔法が多かったんだよ」
「個人の?」
僕は初めて聞く話に興味を惹かれた。
「そっ、大勢のためには役に立たねえかもしれねえ個人向けの魔法だ。ある人の心を癒やし、元気にさせ、愛を伝えるために使われた」
「愛を……」
「魔王もその当時は絶大な力を持っていなかった。いつの間にか世の中がどんどん悪くなって個人の争いや、国と国の争いが増えていったんだ。と、小難しい昔話はこのくらいにして、これからのことを話そうか」
ひび割れたモニュメントの描かれた石造りの扉をマックスさんが開く。中へ入るように促され、次はどこに行くのだろう? とワクワクしながら中へ入る。
中はピーターたちが住んでいる家や、義姉様の家に似ていた。でも僕の住んでいる館やエドワード様の私室のようでもあった。
手製の机の上に羽根ペンや書物、紙や石、押し花などが置かれている。簡素な戸棚には木や石で作られた器と精巧な陶器の器が並べられ、壁には石でできたモニュメントや油絵などの絵画が飾られていた。小さなシンクに貯蔵庫がある。キッチンはクライン家の料理人たちが立つキッチンのように水垢ひとつなく綺麗だ。東国の暖炉の上にはお湯を沸かすポットが置かれている。
異国情緒漂う今と昔が交錯しているような部屋だった。
部屋のモチーフは雑然としているが掃除が行き届いている。草木の爽やかな匂いがして、ほっとする。
「マックスさん、ここはどなたのお部屋ですか? 宿ではありませんよね」
マックスさんはリュックや大剣を机に立てかけ、戸棚からカップとボウルを取り出した。「だれって、オレの部屋」
「は?」
彼自ら淹れてくれた薬草茶入りの取っ手のないボウルを渡され、僕は混乱する。
「な、なぜですか!? お話をするなら応接室や来賓室でいいはず! わざわざマックスさんのお部屋に……」
マックスさんは困ったような顔をして椅子に腰掛け、薬草茶をすすった。
「そんなことを言われても後は、風呂場と寝室、客室くらいしかねえんだよ。ここ以外にって言われてもなあ」
貴族の悪い癖だ。貴族の館は広く、何部屋もある。だから使用人たちの手を借りないと、館の女主人だけでは家事をすべてこなすことができない。
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