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第11章 帰路につく5
初めてピーターの家に招いてもらったときは、彼の家の前で「ここは馬小屋ですか?」と失礼なことを言って、散々怒られたのに!
「この船自体がオレの家みたいなもんだよ。メリーたちと仕事をするとき以外は、地中や海中に忍ばせている」
「これがマックスさんのおうち!?」
魔術師や学院の魔法科の先生たちだって、こんなに変わった家には住んでいない。
ますますマックスさんが、どういう人なのかわからなくなっていく。
「おまえの住んでいるところと比べたら汚えかもしれねえけど、一応掃除はしてある。座れそうか?」
「はい、問題ありません。失言をしてしまい……」
「いいよ、気にしてねえから。それと堅苦しくしなくていい。自分の家みたいにくつろいでくれ。とりあえず座って一服しろよ」
「では、失礼します」
僕は一度カップを机の上に置き、マックスさんと対面する形で木の椅子に座った。フカフカの丸いクッションが敷かれていて座り心地がいい。
「お茶もありがとうございます。いただきます」
「どうぞ」
紅茶のように紅くない、薄黄緑色のお茶だ。飲む前から、なんだか爽やかな香りがする。恐る恐る口をつけてみれば口の中に爽快感が広がる。ほどよい苦みと甘さのあるさっぱりした味に、気持ちまでスッとする。
「初めて飲んだお茶ですが、すごく美味しいです」
「気に入ったか?」
「はい、とても」
「なら、よかった。少しは気分が落ち着いたか?」
意味がよくわからず「なんのことでしょう?」と尋ねる。
「ずっと気を張りつめてきただろ」
僕はカップを机の上に置き、膝の上に両手を置いた。
「……そうですね。ギルドの門を叩いても門前払いばかりで心が折れそうでした。サギーさんの意地悪がなければ、きっとギルドに加入できなかったと思います。慣れない魔物討伐も、」
「そうじゃなくて」とマックスさんが口を挟む。
なんだか怒っているような、どこかつらそうな、めずらしい表情を浮かべている。
「エドワード王子のことや偽の神子のことで、ずっと悩んでたんだろ。英雄を見つけないと家族や友を失い、王国が滅亡するなんて言われて気が気じゃなかったはずだ」
マックスさんの手が伸びてくる。
瞬間エドワード様が馬乗りになって顔を殴打してきたことを思い出す。ぶわりと汗をかき、自然と身体が強張る。
しかし彼は無骨で傷だらけな手に似合わず、そっと壊れやすいガラス細工にでも触れるような手つきで、目元に触れた。はちみつ色の目がまっすぐに、こちらを見てくる。
「喉元にナイフを突き立てられているような状態で、気が急く。かといって英雄は簡単に現れない。できることを精いっぱいやっているのに時間が足らない。ときが刻々と過ぎ、一日、また一日が過ぎる。夜もまともに寝れない。違うか?」
「悩む……というか、恐ろしかったです」
「恐ろしかった」とマックスさんが僕の言葉を繰り返し、手を放す。
「『未来』の女神様が、王国が滅亡する未来を見たと言っているという話を聴き、絶望しました。でも『過去』の女神様は英雄を見つければ、大切な人たちが死なずに済むと教えてくれたんです。だけど……英雄をみつけられませんでした。二度も同じ轍 を踏み、間違いを犯しました。
大切な人たちが苦しむ姿を見たり、聞くことしかできない。かつて愛した人は、僕の大切な人たちを助けない。僕や僕の大切な人たちが苦しむのを楽しんで何もできない僕を嘲笑う。指を咥 えて、死を待つことしかできなかった」
第一、夢の中にエドワード様とノエル様が出てくるのだ。
大切な人たちの死体の山を目にして泣いている僕を、彼らは馬鹿にする。そうしてノエル様を殺そうと手を伸ばした僕は斬首刑に処せられ、死ぬ。
「だから眠らない方がいいんです」
「何か、英雄に関する手掛かりを見つけられなかったのか?」
真剣な様子でマックスさんが聞いてくる。見ず知らずの人間に対して、ここまで親切にしてくれるなんて本当に心のやさしい人だ。
「何も見つけられませんでした。唯一の手掛かりは僕が英雄の“鍵”であることです」
「鍵?」
「はい。自分でも信じられない話ですが、英雄が現れるために必要なキーパーソンが僕なんだと『過去』の女神様が仰っていました。ですが僕が鍵だというのなら、どうして英雄は現れないんでしょう? なぜ、見つけられないんでしょうか?」
「ルキウス」
「偽の神子が本来よりも早く現れ、魔王の封印まで解いてしまった。歴史を変えるような力を持ち、エリザさんたちの人生まで変わってしまうかもしれない。どんどん悪い状況になっています。
エドワード様と別れて僕の将来が閉ざされたことを知って、家族は失意の底に沈みました。暗殺部隊や、偽の神子にまで命を狙われる。もう、何もかもがいやになりますよ」
こんなことをマックスさんに口にしても意味がない。彼を困らせるだけだ。彼はあくまで、パーティのリーダーでしかないのだから。
僕ができることは行動し続けること。わかっているのに止まらない。
長雨のために堰 が決壊し、濁流が溢れかえるように今まで積もりに積もった苦しみや、悲しみ、怒りが表に出る。
唇を真一文字に結んだマックスさんが立ち上がり、こちらに近づいてくる。
何を言われるのだろう……と恐ろしい気持ちになる。
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