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第11章 子守歌の代わり1

「寝ろ!」 「はい?」  そのまま手を取られ、立ち上がらせられたかと思うと彼に横抱きにされる。あまりにも手際がよくて、僕は抵抗する暇もない。  呆然としている間にマックスさんが素早くキッチン横の扉へ向かって歩いていく。  石造りの扉を開いた先には、ベッドルームがあった。先ほどお茶を飲んだ場所とは、雰囲気がまったく異なる。アイボリーカラーと白、木と緑を基調としたシンプルな部屋だ。  窓の横にあるベッドに座らされ、ブーツと上着を脱がされ、髪を纏めていたリボンを取られたかと思うと横たわる姿勢にされ、布団をかけられる。 「これはどういうことでしょう?」  困惑しながらマックスさんに問う。彼は椅子をベッドの横に持ってきて、腰掛けた。 「おまえに今必要なのは睡眠だよ。少し、昼寝でもしろよ」 「ですから、そんな状況ではないと!」  ふたたびマックスさんの手が、今度は僕の額に触れる。マックスさんは僕の額と自分の額に手をやり、苦笑した。 「おまえ、かなり熱があるぞ」 「えっ?」  言われてみれば少し身体が怠い感じがする。でも『過去』の女神様に時間を巻き戻してもらったときよりは楽だし、今は休んでいる暇なんてない。起き上がろうとすれば、マックスさんにふたたび布団に寝かせつけられる。 「ギルドに加入したんだ。そんな体調じゃ魔物や悪魔と戦えねえ。英雄を見つける前に魔王や、暗殺部隊、偽の神子にやられちまうぞ」 「ですが……」 「これはリーダーの命令だ。絶対安静、わかったな?」  そう言われてしまえば、「はい」と返事をするしかない。 「おまえが寝つくまで、ここで見張っている。寝られないなら、子守唄代わりにいろいろ話してやるよ。難しい話をな。聞いていると頭がどんどん痛くなって、眠くなってくるぞー」 「早く寝ないとお化けが出るぞ」と昔、夜更かしをしていて父様に言われたことを思い出し、つい笑ってしまう。  寝られない僕のために、わざとそういう風に言ってくれているマックスさんのやさしさが、うれしい。ほんの少しだけ、胸の痛みがほんのやわらいだ気がする。 「安心しろよ。この船にいる限り、魔物や悪魔、暗殺部隊と偽神子に襲われることもない。結界が張られているからな」  “結界”という単語に内心頭を(ひね)る。  飛空艇や船、馬車、ルパカーといった乗り物が魔物や悪魔に襲われないようにかけられているのは、防御魔法だからだ。 「先ほどの私室にも、古い書物や文献が見られましたが、マックスさんは古い魔法を使えるのですか?」 「ああ、大したことはできないけどな。オレも、おまえやエリザと同じで最近の魔法は、ぜんぜん使えねえ。そういうのは先生の方が得意だ。何より、オレは剣で戦うのが性に合っているからな」 「エリザさんと話していたお父上の形見の剣ですよね。あのような大剣を使う方は、マックスさんが初めてです。いつ頃から剣を振るっているのですか? どのような師範に剣術を習ったのでしょう?」  するとマックスさんは少し、寂しそうな顔をした。 「あの剣を振るっているのは十二のときから、師範はいない。生きるために自分で学んだ」 「どういうことですか?」 「子どものときに父親と母親を亡くした。で、エリザと同じように奴隷にされたんだよ」  その言葉を耳にして、あっと思った。  親や祖父母、歳の離れた兄や姉といった保護者がいない子どもは、闇商人に売り買いの商品にされてしまうケースが多いのだ。それは庶民の子も、貴族の子も変わらない。そうして売られた子どもは奴隷として貴族や商人の家で下働きをさせられたり、サーカスの一座に入れられる。ひどい場合は身体を売らされたり、見世物やペットとされたり、殺される。 「申し訳ありません。不快なことを思い出させてしまって」 「いいんだ、ずっと昔の話だから。まあ、オレは最初から剣闘士として見世物小屋行きだったからな。人や魔物と馬鹿みたいに戦いまくって、稼いだ金で自分を買ってギルドの剣士になった」 「ずいぶん割り切っていらっしゃるんですね」 「割り切るっていうか、結果論っつーの? 昔の失敗とか死ぬほど嫌なことがあって、今のオレがある? みたいな考えで生きているからさ。そりゃあ、当時はガキだったから『死んだ方が楽じゃん?』なんて思うことも、たくさんあったよ。  それでも母上が『死ぬな、生きろ』なんて言葉を残して亡くなったから、死ぬに死ねなかった。結果、先生やエリザ、メリー、ルキウスとも会えたからな。むしろ魔王や偽の神子に歴史を変えられて、そういう過去のものを全部消されちゃ困るんだ」 「でも、僕のせいで――」  話そうとしたらマックスさんの指先が唇に触れる。 「自虐禁止な」  ビックリしているとマックスさんの指が離れていく。 「熱が出ているし、疲れているから、そういう気持ちによけいなるんだろうけど、おまえのせいじゃないだろ? 元はエドワード王子と偽の神子が始めたこと。おまえはそれを止めるために『過去』の女神の力を借りた、だろ?」

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