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第11章 子守唄の代わり2
僕は彼の言葉に頷いた。
「二度あることは三度あるじゃなく、三度目の正直で、エドワード王子や偽の神子の野望を打ち砕けばいい。今のおまえにはオレや先生、メリーやエリザだっている。ひとりじゃねえ」
「マックスさん」
「これから先、おまえがエドワード王子や偽の神子に太刀打ちできねえときはオレが力を貸す。おまえは絶対に死なねえ、死なせねえ。おまえの大切な人たちも生き残れる。国が滅ぶ未来はオレが訪れさせねえよ」
「すみません。今なんて……」
なんだかマックスさんの声を聞いていたら、本当に眠くなってきた。欠伸を嚙み殺し、目を擦る。
この人といるときは残りの時間や偽の神子のことを考えずに済む。肩を張る必要がないから息をしやすい。
「いいよ。今は寝て身体を休めろ」
頭をやさしく撫でられる。前髪をかき上げられ、額に口づけられる。
子どものような扱いを受けて不服だ。同時に、すごく安心感を覚えた。
「お休み、ルキウス」
「ん……」
*
目を開けると頭がスッキリしていて、身体が軽くなっていた。
額には乾いた濡れタオル。頭の下に温くなった水枕。
寝返りを打つとマックスさんの寝顔が間近にあって叫びかける。すんでのところで自分の口を両手で押さえる。
マックスさんは椅子に座った状態でベッドに肘をついて、すうすう寝息を立てて寝ていた。
銀に近い色素の薄い金髪が朝日の光を浴びてキラキラと輝いている。まるで朝の湖面のように綺麗だった。
そのまま僕はマックスさんの顔をじっくり観察する。
美男子や美形のように美しく顔立ちが整った人ではないけれど、男らしくてかっこいい。顔にも細かい古傷がたくさんあるんだな。でもお肌がボロボロだったり、カサついていないし、髭も綺麗に剃られている。眉毛の形がとても整えられているし、鷲鼻もすてきだな。目唇は、ぽってりしてい厚い。少しカサついていたけど、やわらかかったな……と魔力を供給してもらったときのことを思い出し、彼の唇に手を伸ばす。
彼の唇に指先が触れる直前で正気を取り戻し、パッと手を離した。
マックスさんを起こさないようにそっと身を起こし、布団を抜け出して客人用のスリッパに足を通す。ベッドの足元にある一度も使わなかったブランケットを手に取り、彼の肩にかけた。
腰を落とし、頬杖をついて寝息を立てているマックスさんの顔を眺める。
あの後、結局、僕は高熱を出して寝込んだ。
マックスさんが持っていた熱冷ましの薬を飲ませてもらい、水分補給をさせてもらった。寝込んでいる間、彼の世話になり、パン粥やマッシュポテト、すりおろし林檎を食べさせてもらった。大量の汗をかいたら身体を拭いてもらい、ネグリジェを借りて着替えさせてもらった。至れり尽くせりだ。
夜中、熱に魘 され、偽の神子やエドワード様の悪夢に苦しんでいるときも手を握ってもらっていた。何度も「大丈夫だ」と呪文みたいに声をかけてもらったのを覚えている。
頬杖をついていた手で膝を抱え、項垂れる。駄目だなと目を閉じた。
マックスさんは僕から受けたルパカーの恩を律儀に返そうとしているだけ。新しい仲間が戦力外になったら大変だから面倒を見てくれた。具合の悪い人間を放っておけない、やさしい人なんだ。
そうやって言い訳を連ねる。期待するなともうひとりの僕が忠告する。
それなのに――どんどん期待で胸がふくらみ、彼に惹かれていくのを止められない。
どうしようマックスさんのことが好きだ。
「ルキウス、どうした? また、どっか苦しいのか?」
マックスさんの声が頭の上で聞こえて顔を上げる。彼が僕の前でかがみ、額にそっと触れた。
「どうやら熱は下がったみたいだな」
「はい、マックスさんの看病のおかげで元気になりました。ありがとうございます」
すっと僕が立ち上がると彼も立ち上がる。
「こっちこそありがとな」
「何がですか?」
「ブランケット、かけてくれただろ」
彼は僕が肩にかけたブランケットを指差した。
「いえ、ご迷惑ばかりかけてしまって、」と言いかけると髪をくしゃくしゃに撫でられてしまう。
「迷惑じゃねえよ、具合がよくなったのならよかったな」
にっと歯を見せて笑う彼の顔を見て、胸がきゅうっと締めつけられる。
「元気になったのなら風呂でも入るか? さっぱりするぞ」
身体を拭いてもらっていたとはいえ、局部や髪はそのままだ。病気をしていたから香水もつけられいない。好きな人の前で、いつまでも汗をかいたままの姿でいるのは恥ずかしい。
「ではお言葉に甘えさせていただきます。ところで水はどうしますか?」
首を傾げてマックスさんが「水?」と繰り返す。
「お風呂に入るのなら水を汲み、沸かさないといけませんよね? こちらでは井戸水を使いますか、それとも湧き水や川の水ですか?」
するとマックスさんがケラケラ笑い出した。変なことを口にしてしまったのかと訊き返せば、「うちはそういうのは必要ねえんだわ」と答える。
どういうことかと訊くよりも早く、戸棚からマックスさんが出したフカフカのタオルと桶、石けんを手渡される。そのまま手を引かれて廊下を歩く。
石造りの扉を開けば、そこは大浴場だった。
硫黄のツンとする香りがする乳白色の温泉だ。
石造りの浴槽の周りには異国の神々の石のオブジェが立ち並び、白い柱が打ち立てられている。
まるで王族が使用するような豪華な浴場に、僕はぽかんとしてしまう。
「どうした?」
「マックスさん。あなた、奴隷に身を落とす前はどういう身分だったんですか?」
「さあ、なんだろうな」
わざとらしく口笛を吹いて、はぐらかされてしまう。
温泉なんて父様の領地を一緒に視察に行くときしか入れない。こんなに運のいい話はない。ネグリジェのボタンを急いで外す。
その間もマックスさんは僕の隣に立っていて腕まくりをしたり、ズボンの裾を上げている。ボタンを外す手を止め、一向に出ていかない彼に声をかける。
にんまり笑ったマックスさんは、「ルキウスは血族だからな。オレが全身を洗ってやるぞ? ピカピカになるまで磨いてやる」なんて冗談を言い、からかってくる。
王族じゃあるまいし、上司であり、好きな人でもあるマックスさんにそんなことはさせられない。身体を拭いてもらっているときだって、いたたまれなかった。こんな日も明るいうちから貧相な身体を隅から隅まで見られ、洗われるだなんて冗談じゃない。そんなことをされたら心臓が壊れて口から飛び出るし、身体が茹でダコになってしまう。
「大丈夫です、ひとりで入れます!」
文句を言っている彼の背を押し、外へ出ていってもらう。
マックスさんにもらった石けんで全身を洗い、温泉のお湯をかけ流し、熱い湯に浸かる。
身体の芯まで温かくなる。
温泉に浸かりながらギルドに加入したことを、どう父様へ伝えるか考えた。
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