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第12章 久々の我が家3
「長男であるアレキサンダーが騎兵隊隊長を務めているだけで充分だろう。これ以上、息子たちが戦場に立ち、命を脅かされる必要はない! ましてや身体の弱いルキウスがギルドになるなど言語道断」
「ラーメス」
「おまえは女だからわからぬのだ! 第一、ギルドは最前線で戦うんだぞ!」
「ご安心ください、旦那様。ルキウス殿の御身は、このわたしが……」
「貴様は黙っていろ!」と父様はマックスさんを頭ごなしに怒鳴りつけた。
「ルキウスはウィリアムと同じようにデスクワークをしていればいいんだ。スチュワート様とてルキウスには文官が合っていると言って……そうだ、ルキウス。おまえにいい知らせがあるぞ!」
「なんでしょう?」
なんだか嫌な予感がする。
「王様がおまえを文官に戻してもよいと仰せだ。署名を提出する必要がなくなったぞ!」
王様が王命を取り下げる? なんで、そんなことになったと思えば、偽の神子の顔が脳裏に浮かんだ。
この世界に初めて現れたのではなく悪魔の手を借りて、ここまで漕ぎつけたのだ。
すでにエドワード様とも接触しているだろう。そして、僕を陥れる新たな奸計を企てたことに思い至る。
しかし、熟考せず取り急ぎで実行に移ったのだろう。あれほどエドワード様を思う気持ちはなくなったと伝えたのに、と冷めた気持ちなる。
そんなことを知る由もない父様が自慢話でもするみたいに、エドワード様の話をする。
「エドワード様が王様に頭を下げて謝ったのだ。『自分の至らなさゆえにルキウスを追いつめてしまった。ルキウスを誤解していた』とな。王様も今回のことは、やり過ぎたと仰られている。よかったな、ルキウス。いつでもおまえは王宮へ戻れるぞ! エドワード様から、おまえ宛のお詫びの品と手紙も来ている。おまえの好きな茶葉や菓子、薔薇の花束もあるぞ」
父様も僕がエドワード様をまだ思っていると信じて疑わないようで、機嫌よく笑みを浮かべている。
反対に僕の身体は真冬の雪の中、野晒しにされたみたいに冷たくなっていった。
「いいえ、王宮へは戻りません」
僕の口からそんな言葉が出るとは毛頭思っていなかった父様が、身体を固まらせて息を呑んだ。
「あの方からいただいた品物もすべてお返しし、手紙も捨ててしまってください」
僕とエドワード様が仲良くすることを一番望んでいた父様が口元を引くつかせる。
「おまえ、何を言って……」
「父様、僕とエドワード様の仲は二度と修復できません。僕の心には、あの方を思う気持ちが欠片も残っていないからです。それに、今後はギルドとして仕事を行いたいと思っています。どうか親不孝者な息子であることをお許しください」
これ以上マックスさんの前で、エドワード様の話なんてしたくない。
それでも、はっきり父様に伝えておかないといけない。そうしないと結局王宮に戻るはめになり、最後のチャンスを駄目にしてしまうだけだから。
「なぜだ……どうして、そんな聞き分けのないことばかりを口にする。わたしも、アレキサンダーも、ウィリアムも努力をしたんだぞ? おまえの友であるピーターだって……」
僕は頭を深く下げて父様に謝罪した。
「本当に申し訳ございません。それでも僕はギルドとして、やらなければならないことがあるのです」
そうして父様の行場のない怒りの矛先が僕からマックスさんへ移る。
突然、父様がマックスさんの胸ぐらを摑んだ。
「おまえだな! よくも、うちの息子にろくでもないことを吹き込んだな!」
「旦那様、おやめください!」とオレインが仲裁に入ろうとする。
だが、「口出しするな!」と父様がオレインの動きを止めてしまう。
「父様、マックスさんに何をするんですか!」と父様の腕を摑むが、振り払われて尻もちをついてしまう。
「ルキウス様!」
黄色い悲鳴をあげたメイドたちが、僕の周りで膝をつく。
「肌の黒い悪魔め、いったいどういう手を使い、ルキウスを騙した――」
「あなた、いい加減になさいませ!」
普段、温和な母様が、とうとう父様に対して怒りをあらわにした。
「使用人たちの前ですよ。そのように平静さを失って、どうするのですか」
父様は母様の発言に意気消沈し、マックスさんの胸ぐらを摑む手を放した。
「何よりマックスさんは大切なお客様であり、ルキウスの面倒をよく見てくださっているお方です。その方に失礼な態度をとり、貴族だからと驕り高ぶった態度をとらないでください」
「マリア……」
「そもそもルキウスに無理強いをしないでください。二人で見守ろうと約束したではありませんか」
母様が柳眉を下げて目を伏せれば、父様が、はっとして顔を上げる。
「わたしは今回の件でエドワード様が本当に、ルキウスと手を取り合って幸せになろうと考えているのか、はなはだ疑問に思いました。このように贈り物を送っては来たもののルキウスが王宮への出入りを禁じられてから今日まで、我が家を尋ねることもなければ、わたしたち家族にルキウスの様子を訊くことは一度だってなかったのですから」
母様が父様の代わりにマックスさんに頭を下げ、僕もともに謝る。
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