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第12章 久々の我が家5
「はい?」
僕は父様が異国の言葉でも喋ったのかと思った。まったく言葉の意味が理解できなかったからだ。
「そうですね。看病していただいたときにマックスさんが僕の面倒を見るのに疲れて、僕の使っていたベッドに凭 れて寝ていました」
「そうではない。同 衾 したかと訊いているのだ」
何を言っているのだろう、この人は。
僕は顔全体の筋肉が引きつるのを感じた。
「エドワード様との夜の営みが上手くいかなかったからマクシミリアンさんにしたのか?」
「あの方とそのようなことは一切していません。変な勘ぐりはよしてください」
口づけされたことはあるけど、あれは性的な意図を持ったものではない。ただの人助けだ。水に溺れた人を助けるために人工呼吸をするのが、口づけにカウントされないのと同じ理論だ。
額に口づけられたのも悪夢を見ないようにし、よく眠れるおまじないを幼子にするのと大差ない。
そんなことを僕が考えている間も父様は「無理やり裸に剥かれ、野獣のような身体を押しのけられず辱めを受けたのではあるまいな?」と訳のわからないことを訊いてくる。
どうも今日の父様は変だ。この間のサギーさんの管理するギルドで先生たちのように様子がおかしい。
これもノエル様や魔王の影響なのだろうか?
どちらにせよ頭が痛いことこの上ない。
「父様、マックスさんを貶 めるような発言をしないでください。これ以上続けるというのなら僕はあなたを軽蔑します。行こう、フロレンス」
ブルルと鳴くフロレンスを厩に連れて、その場を去った。
*
マックスさんのマナーは完璧だった。所作も美しく、まるで貴族の紳士や王子といったオーラや威厳ある態度だ。
父様やオレイン、メイドたちは異国の高貴な人間に失礼な態度をとってしまったのではないかと気が気でない。落ち着きがなくなっていた。
軽い昼食をとり終え、食後のお茶を口にしながら母様がマックスさんに微笑んだ。
「あなたって、まるで騎士の方たちのように礼儀正しいのね。どこで、この国の礼儀作法を習ったの?」
「お褒めいただき光栄でございます」とマックスさんが音もなくソーサーにカップを置く。
「いや、そのようなご謙遜をしなくてもいいのだぞ」と父様の乾いた笑いが食堂に響いた。
「恐縮でございます。わたしの師が貴族の出なのです。もしも貴族や王族の方々からのお目通りがあった際に、礼儀を搔くことがあってはならないと、この国の礼儀作法についても教え諭していただきました」
「そうね、何事もやっておいて損はないわ。思いも寄らないところで役立ったりするもの。とてもいい先生ね」
「はい。長年『こんなものがどこで役に立つんだ』と思い不真面目な態度だったので叩き込まれた形となりましたが今日、奥様や旦那様、ルキウス殿との食事を楽しむために必要なことだったのかと思い至りました」
母様はマックスさんの言葉に感心しながら対面に座っている僕へと視線をやった。
「ルキウス」
「はい」
「あなたもマックスさんからギルドとして生計を立てるための方法をよく学び、自身の身を守る術を身につけるのですよ。ギルドの仕事についての書物がないのだから彼の一言一句、動作のひとつまで身体に覚え込ませなさい」
「もちろんです。学院時代とは違います。文官時代と変わらず――いえ、それ以上に身を入れて魔術や武術に励む所存です。どのように苦しい訓練内容でも歯を食いしばって形にします」
「おいおい、オレは鬼教官じゃないぞ?」とマックスさんがツッコミを入れる。「おまえが魔物や魔獣、悪魔に負けない力をつけるのが目的なのに、その言い方じゃルキウスに対して鬼畜な所業をしていじめるのかと奥様や旦那様誤解される!」
マックスさんが、おどけた調子で笑う。
彼の言葉に自然と笑みがこぼれる。
「それもそうですね、言い方が悪かったです。マックスさんにはいつもよくしてもらって、大切にしてもらっているのに失礼しました」
「そうだろ? オレは一度懐に入れたものは、ずっと面倒を見続けるし、大切にする男だぞ」と自慢げな様子で、自画自賛してみせる姿がおかしい。つい声を立てて笑ってしまう。
「知っています。でも、そういうことを自分で言うのは、よくないですよ?」
「それもそうだな。でも、こんな話はルキウスの前でないとできねえよ」
「なんですか、それ!」
この人の隣にいると楽しい。エドワード様から受けた仕打ちやノエル様の悪意に晒された心が癒やされ、胸の痛みが少しずつなくなっていく。
すると父様がわざとらしく咳払いをした。
「マクシミリアンさん、ぜひうちの敷地を使ってルキウスの稽古をつけてやってくれないだろうか?」
「ありがたきお言葉です、旦那様」
「ところで失礼ながらあなたの歳はいくつだ? 長男や義理の娘とそう変わらないように思うが」
「はあ……三十二です。今年で三十三になります」と歯切れ悪くマックスさんが答えた。
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