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第12章 久々の我が家6
オレインやメイドたちも興味津々といった様子で喋るのをやめ、耳をそばだてる。
僕と十も違うから、しっかりしている人なんだと横目で彼のことを見る。
「そうか。ご結婚をされた経験があったり、恋人がいてもおかしくない歳頃だな」
「――そうですね」
「我々貴族は恋愛または見合いをし、夫婦となる。一般的には離婚をせずに一生涯パートナーと過ごす。まあ、中には夫婦仲が冷え切って愛人、妾、側室を持つ夫婦もいる。仮面夫婦として互いの不倫を黙認する不届き者もおる。
だが、わたしは妻であるマリア一筋で今日まで生きてきた。それは今後も変わらぬ。式を挙げたときにマリアを死ぬまで大切にし、守り抜くと神に誓った。このような美しい人と巡り合わせてくれたことに毎日感謝しておる」
母様が気恥ずかしそうに頬を染め、使用人たちがウンザリした表情をする(なぜか彼らの顔に「おまえの話はどうでもいい。引っ込んでろ」と書かれているような気がする……)。
「旦那様、恐れ多くもわたしも同じ気持ちです。一人の方だけを愛し抜き、守り、苦楽をともにし、最期のときまでそばにいたいと考えております」
若いメイドたちはマックスさんの言葉を耳にすると母様のように頬を染める。密かにだが悩ましげため息をつく。
そんな様子に僕はおもしろくない気持ちになり、カップを握る手に自然と力がこもる。
「しかし庶民はよく結婚をするまでに、お試しで男女関係を持つと聞く。身体を数回重ねても、そのまま終わりというのもよくある話……とな。一部のギルドの人間は魔物討伐が終わるたびに男女関係なく身体の関係を持つという風の噂も聞いた。男のパーティなぞは仲間内で低級娼婦や男娼を何人も侍らせ、口にするのも悍ましい行為をすると訊くが、貴殿も若気の至りで、そのようなことをした経験がひとつや、ふたつはあるのだろう?」
父様の言葉を訊いて、僕は身体を強張らせた。
何を夢見ていただのだろう。
冷水を頭から浴びせられたような衝撃を受ける。
彼だって、選ぶ権利がある。だれが好き好んで、容姿の悪い人間を選ぶだろう。
恋人でもなんでもないのに、マックスさんの恋愛遍歴を妄想し、嫉妬して落ち込んでいる。そして彼がメイドたちを口説き、身体を重ねたり、結婚する可能性に胸が痛んだ。
母様が表情を曇らせ、「あなた」と口を挟む。
「我が家のメイドたちは歳も若く、美しい者、愛らしい者も多い。もし気になる者がいるのなら――」
「お言葉ですが旦那様」
するとマックスさんは笑うのをやめ、父様に対して戦いでも挑むような面構えをする。
「わたしは同性愛者です。女性に恋心を寄せたことがなければ、身体を重ねたこともございません」
その言葉に父様は唖然とする。
母様が「まあ」と感嘆し、オレインが飲んでいたお茶を口から吹き出す。
「嘘ぉ……」「そんなー」と嘆き悲しむ若いメイドたちを、ジロリとメイド長が目線で黙らせた。
「そ、そうか。だが、男娼やパーティの仲間とそういった関係になったことが……」
「わたしは男娼と一夜をともにしたことはなく、今までのパーティの仲間に手を出したことも皆無です」
ぐぬぬと父様は唸る。苦し紛れに「そうは言っても、だれかと恋に落ちたことくらい二度や三度はあるだろう。そのような人間と夜をともにしたことも……」と口早に言う。
「お恥ずかしい話ですが、そういった人間は今までおりませんでした。この歳になって初めて恋を知り、添い遂げたい方ができたのです」
そうしてマックスさんが僕の方へと目線をやった。いつもとは違うやさしい笑みを浮かべる。甘くとろけるような眼差しで見つめられ、僕は顔を背けた。
頬が熱い。いや、燃え盛る炎の中に身を投じたみたいに全身が熱い。
「信じていただけないのでしたら、わたしの師であるクロウリーやパーティの一員であるクロウリーの孫娘に、わたしがそういったことをして来たかお訊きください。彼らとは家族同様に過ごしてきました。わたしが同性愛者であること、遊び人でないことを、よく知っております」
「その孫娘やらといい関係になったことが、あったのではないか?」
「いいえ、エリザはわたしにとって妹のような存在です。それはエリザも承知のこと。エリザと結婚するメリーという気心の知れた男がいます。彼はわたしがエリザに不届きな真似をしたかどうか、よく知っております」
口をモゴモゴしている父様の情けない姿に、息子としてはなんとも言えない気持ちになる。
助け舟を出すかのごとく、母様がマックスさんに質問をした。
「なぜ、あなたは今までそういった相手がいなかったのかしら? 恋をする余裕がないほど、忙しかったの?」
しばらくの間、マックスさんは考え込んでから口を開いた。
「忙しかったのも事実です。剣闘士から庶民へなるため、庶民になってからはギルドの剣士となるため、多くの時間を割いてきました。ですが、わたしは人間 を愛することができなかったのです」
「愛せなかったとは、どういうこと?」と母様が、泣いている子どもに何か合ったのかと尋ねるような口調で訊く。
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