70 / 112
第12章 久々の我が家7
「奴隷に身を落としてからは世界が一変しました。人間としてではなく家畜同然――いえ、虫以下の扱いを受けました。多くの人間が、同じ人間に対して、どこまでも残酷になる姿さを、この目で見てきたのです。」
蟻にも劣る命――偽の神子の言葉が頭を過る。
「人間への恨みつらみが募り、一時は人殺しか殺人鬼へ身を落としかねない極限の状態になりました。ですが、最初にわたしが加入したパーティのリーダーがギルドの剣士としての道を示してくれたのです。働いているうちに徐々に心の傷が、癒えました。
自分にひどい行いをした人間への憎しみよりも、剣士の道を教えてくれたリーダーや、ともに戦い、命を落としてきた者、事情によりギルドを去っていった者への恩を感じています。今のパーティのメンバーは、わたしにとって大切な家族のようなものであり、居場所でもあります。そして、ようやく――生涯をともにしたいと思う方とも巡り会えたのです」
辺りがしんと静まりかえった。
最初に沈黙を破ったのは父様だ。「そうか、ならいい。どうかわたしたちが大切にする以上に大切にしてくれ」と静かな声で答え、退席した。
メイド長が、しゅんとしているメイドたちを急き立て、後片付けを始める。
母様がオレインを呼ぶ。「お医者様を呼んでくれないかしら。ルキウスが動いても大丈夫な状態か、いち早く調べてもらいたいの」
「はい、かしこまりました。奥様」とオレインが足早に去る。
「では、わたしも退席させてもらうわ。マックスさん」
「はい、奥様」
「あの人も意地悪をしている訳ではないのよ。ルキウスがエドワード様の恋人となったのを一番に喜んだのも、父親であるあの人なの」
「母様!」
僕はエドワード様贔屓である父様の話を聞きたくなくて、叫んだ。
だけどマックスさんが僕の肩に手を置き、首を横に振った。
「三兄弟の中で身体も弱く、いつも割に合わないことにばかり合っていた子よ。同性愛者だけど、貴族や騎士の子息からは遠巻きにされ、嫌がらせも受けてきた。わたしたちの権勢だって永遠に続くわけじゃない。兄弟仲はいいけど、長男はすでに家庭も子どももいる。三男だって経済の話に夢中で海外にまで足を運んでいるもの。いざというときに、すぐ助けられる訳じゃない。
だから、エドワード様に期待をかけたの。王族の出で、王様の愛息子。同性愛者でもあるからルキウスを頼めると思っていたの。わたしたちが亡くなった後も、ルキウスを支えてくれるとお思っていたのよ」
まさか父様が、そんなことを考えていたなんて思いもしなかった。
自分の出世のことや、王家との繋がりを強化させるためにエドワード様との仲を深めることを勧め、別れたいと言ってからもあれこれ言ってくるのだとばかり思っていたから。
「でも、期待を見事に裏切られたわ。……あなたのような自立した方が、この子の上司となり、大切に思っていることを知れてよかったわ」
「恐悦至極でございます」とマックスさんが頭を下げた。
「母様、少しこちらへ……マックスさん、一旦玄関横の応接室でお待ちください。場所はわかりますか?」
「ああ、そこはオレインに教わった。それ以外の場所はまだだが」
「でしたら、僕がご案内します。すぐに向かいますので、少々お待ちください!」
「わかった、待っている」
僕は母様の手を引いてリネン室のとを開き、中へ入った。
「母様、変なことを言わないでください! 僕とマックスさんは、ただの――」
「マックスさんは、そうは思っていないでしょう。あなたのことを大層気に入っています。それも恋愛対象としてです。あなただって気づいているし、あの方のことを憎からず思っているのでしょう?」
ドキリとする。やはり、マックスさんは、あの場にいた者、全員に僕を思っていることをアピールしていたのか……と。
そして、僕の思いも、母様に言い当てられてしまうほどわかりやすく表に出ていたことを知り、顔が熱くなる。
「僕はそんな……第一、エドワード様と別れて一年も経っていないのですよ? それなのにもう次の方を思うなんて、僕はそんな浮ついた人間ではありません!」
「ルキウス、そんなことはだれも思っていませんよ。自分の心に素直になりなさい」
「だって、あの方と出会ってからそんなに時間も経っていないんですよ? それなのに、好きだなんて変です。おかしいですよ」
「出会ってからの時間がどれだけかかったのかが重要なのではありません。どれだけ、相手の本質を知ることができたか、どれだけ、相手に自分の本質を知ってもらおうと努力したかが重要なのです。さあ行きなさい、マックスさんが待っているわ」
そっと母様に背を押される。
ともだちにシェアしよう!