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第12章 愛慕2
「嘘じゃねえよ。おまえの父上も言っていただろう――『悪魔』って。オレはこの国でも、他国でも嫌われてきた。それはギルドになってからも大差ねえ。でも、おまえは最初からオレに親切だった。それがうれしかったんだよ。イワーク洞窟で再会できたときは、天に感謝した。『大切な人たちを守るために戦う』と断言したおまえの凛とした姿に目が離せなくなったんだ」
僕よりも背の高いマックスさん。マックスさんは身長以上もある大剣を振り回し、暗殺部隊を蹴散らしていた。それなのに彼は、僕が振り解けば、すぐに離れてしまうくらいに弱々しい力で、僕の手首を摑んでいた。
「何も持たないギルドのマックスでも力になりたかった。だからギルドに推薦するって口出ししたんだ。結局おまえはオレの手助けなんかなくても、ビックゴブリンを思いも寄らない形で倒した。その姿にますます惚れたんだ。おまえが偽の神子に傷つけられたときは、怖かった。失うのが人生だと思っていたのに、おまえを失いたくないと思ってしまった。
だから魔法の船に乗せて守ることにしたんだよ。なのに、おまえは熱を出して苦しんでいる。どうしたらいいか右も左もわからなくて、先生や奥様に手紙であれこれ聞き出した。一日でも早くよくなってほしい。早く目を覚まして、オレの名前を呼んでほしい。らしくもないことを考えちまった」
鼻の奥がツンとして、胸がギュッと締めつけられるように苦しくなる。
「恋なんて一生しないと思っていた。それなのに、オレの世界にポンとおまえが急に現れて、オレの心を摑んで離さない。偽の神子の話を訊かされても嫌いになれない、ならないよ。むしろ、よかったって思う」
「何を?」
振り返れbA、マックスさんの切なげな微笑みを目にした。
「おまえがエドワード王子の恋人だったら、死ぬほど恋い焦がれた。触れることもできず、思いを告げることもできない。死ぬほど苦しい思いをしないで済んだ。けど、オレにもチャンスがあるって舞い上がって、おまえの反応が悪くないって勘違いをしてた。いやな思いをさせちまったな。悪かった」
――もう駄目だった。完敗だ。
自分の思いに嘘をつけない。この人の悲しむ顔を見たくない。
僕の手首を摑んでいたマックスさんの手が離れる。
僕はその手を両手で握りしめた。
「いやな思いなんかしてません」
「ルキウス、やめてくれ。勘違いをするから」
「勘違いじゃないです!」
マックスさんがビクリと身体を揺らした。
「……僕もあなたに惹かれています」
「じゃあ、オレはおまえを好きでいてもいいのか? ……諦めなくて、いい?」
まるでマックスさんは幼い子どものように質問した。
「はい。……ですが、僕はエドワード様との一件で、ひどく疲れてしまいました。あなたを人間として、上司として信じ、慕っています。それ以上にも思っています。でも、恋人やパートナーになるのは、恐ろしい。
あなたがもしも、エドワード様のように愛想を尽かし、他の人の元へ行ってしまったらと考えると怖いのです」
「オレはおまえのことを裏切らないよ」
寂しげな口調でマックスさんが、ポツリと口にする。
「あなたが、そんな残酷なことをしないとわかっています。エドワード様を恋い慕う気持ちはありません。ですが目を閉じれば、エドワード様と偽の神子が愛し合う姿や、大切な人たちが死んで自分が斬首刑となる悪夢に魘されます」
この人を愛しく思う気持ちがあふれそうになり、心と身体が震えた。うれしくて、悲しくて、そばにいたくて、でもそばにいるのが怖くて。
「あなたを愛したくても愛せない。僕には使命があります。英雄を見つけないと大切な人たちを失い、国が滅亡してしまうんです。あなたたちと会えたことも、すべてなかったことになる。そんなのはいやです。……あなたのことを忘れ、あなたのいない世界でエドワード様のことを思いながら死ぬ。だから……」
握っていなかった左手で、マックスさんの胸に抱き寄せられる。
「死なせない」
「マックスさん、放してください!」
「絶対におまえを、エドワード王子や偽の神子に渡さねえ」
グッと強い力で抱きしめられる。彼の心臓が力強く脈打ち、速度が早い。熱い体温や、草木のなつかしい香りに、僕の胸も高鳴る。
「おまえは英雄を見つけて、新しい道を進むんだ。悲しい未来は訪れない」
「マックスさん……」
「オレのことを少しでも好きでいてくれるなら、袖にしないでくれ。おまえが英雄の手掛りを摑み、別の未来へ進む道が確定したら、そのときはオレを受け入れてほしい」
「いいんですか? あなたやあなたの大切な人を巻き込むかもしれない。もっと多くの人が命を落とすかも……」
「そんな未来は、絶対に訪れない。オレが全力で阻止する」
彼の力強い言葉に、僕は泣きそうになった。
「待っていてください。英雄の手掛りを摑んだら、そのときはあなたを受け入れます。約束です」
「ああ、約束だ」
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