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第13章 特訓1
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あの後、お医者様に動いても問題なしと診断をもらったから、そのまま午後は訓練の時間になった。
お医者様いわく、マックスさんが看病してくれていなかったら、肺炎を拗らせてベッドの住人になっていたとのことだ。
クロウリー先生や母様に意見を求めて、慣れない看病をして……僕以上に僕の身体を労ってくれた。彼のやさしさや思いやりに心が温かくなる。
あの後、魔法の船に戻り、真っ白な絵の描かれた木の扉の前に立つ。扉を押すと真っ白な不思議な部屋に通された。どこまで天井があるのか、どこが部屋の隅なのかわからない。
「ここは、どういった部屋なんですか?」
「道場とか演習場みたいなところだ。ここなら、どんな魔法を使っても建物を壊すこともねえし、人に怪我をさせることもねえ」
マックスさんが指を鳴らすと藁でできたカカシが上から降ってきて、地面に突き刺さった。
「そいつを仮想の敵とみなせ。ルキウスは召喚魔法以外の高度な魔法が一切使えないからな。からっきし駄目な武術での戦闘よりも、まずは魔法の強化と防御からだ」
「はい!」
「召喚魔法以外の魔法も使えりゃあ、万が一暗殺部隊や、魔物、魔獣に襲われても五体満足のまま、命を取られずに済む。倒すよりもまずは、逃げるために応戦する・活路を開くことを優先しろ。わかったな?」
「わかりました。命優先ですね」
「そうだ。なんかあったらオレがおまえのサポートをする。オレが動けないときはエリザやメリー、先生がサポートに回る。けど、いつもすぐに向かえるとは限らねえ。そんときは、おまえ自身が時間稼ぎをするんだ」
「ですが、偽の神子にはどう対応すればいいのでしょうか?」
一番の不安の種を摘んでおきたかった。彼の暗殺計画を立て失敗したのも、彼が闇の魔術を使うからだ。
この間、亜空間で彼に殺されそうになったとき、刃が立たなかった。暗殺しようとしたときも返り討ちに遭い、牢獄送りだ。
「偽の神子の術は強い。だが先生も言っていた通り未熟ゆえに穴がある」
「穴とは?」
「思いばかり先行して術式を正確にできていない」
メリーさんが空中に指先でふたつの魔法陣と、二通りの術式を書いた。青白い光でぽうっと光り輝く。
「この四つは同じ発光の魔法だ。簡略の術式、正式の長い術式、普通の魔法陣、そして正式の術式が書かれた魔法陣だ。一番強く光っているのは、どれだかわかるか?」
「術式の書かれた魔法陣です」
「そう。魔法も魔術も、その術者の思いの強さによって威力が変わる。闇の魔術は怒りや憎しみといった負の感情で、相手を呪い殺したり、祟り殺すことができる」
マックスさんの言葉に頷き、「それで術式をできていないとはどういことでしょう」と尋ねる。
「メリーの転移魔法がいい例だ。先生は魔術師としてエキスパートだ。最近の魔術・魔法ならなんでも使いこなしている。でも、トレジャーハンターであるメリーの方が転移魔法を使っている。なんでだと思う?」
マックスさんの質問を受け、考える。
クロウリー先生は回復・攻撃・防御の魔法を、素早く使いこなしていた。
そして転移魔法を使っていたメリーさんは……
「メリーさんの方が先生よりも、転移魔法を多く使ってきたので、より早く転移魔法を使い慣れている。転移魔法用の魔法陣を作るのも詠唱も早く、迅速に戦線離脱が可能――ということでしょうか」
「正解。あいつは一時期盗賊を生業にしていた。盗賊は兵隊たちから攻撃されることもある。最悪捕縛されて、牢獄行きだ。メリーは一度も兵隊たちからの攻撃を受けず、捕縛もされずに戦線離脱ができた。だから先生よりも転移魔法用の術式と魔法陣を正確に作って、詠唱するスピードが段違いなんだ」
「偽の神子は異世界から来たため術式のスペルや文字を間違えている。だから威力はあるものの殺傷能力が低く、クロウリー先生の正確な術式を使った回復魔法が利いたということですね」
「ああ、そういうこと。じゃ、さっそく攻撃魔法の確認からする。あのカカシに炎の魔法をぶつけてみろ」
僕は杖を取り、炎の魔法の詠唱をした。
杖から火を出すことはできたもののせいぜいマッチを擦った程度の小さな火だった。炎を出そうとしたら、火は消えてしまった。
「次だ。水、風、地」
そう言われて簡単な魔法で水や風、土を出すことはできた。だが水を操ってカカシに掛けたり、風圧で切る、岩を地面から勢いよく出すことはできなかった。
マックスさんが顎に手をあて、熟考する。
「字が下手とか魔法陣を描くのが壊滅的というわけではないな。魔法陣や術式も間違っていない。むしろ正確かつ綺麗にできている……」
そう言われて学生時代を思い出して、落ち込む。実践の試験は、いつもペケだった。「きみは壊滅的に魔法を使う才能がないな」と先生が肩を落とす。他の優秀な貴族や騎士の生徒にせせら笑われれた苦い記憶が、ありありとよみがえる。
「ルキウス、もういい」
「ま、マックスさん!?」
彼に匙 を投げられてしまったのだろうかと僕は冷や汗をかく。
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