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第13章 特訓2
「杖も、学院で習った術式も、魔法陣も使うな。攻撃魔法を叩き込む前に確かめることがある」
マックスさんの言葉に当惑しながら、杖をホルダーに入れ、次の言葉を待った。
「たしか、お兄さんの家に子どもがいるって言っていたよな。その子たちが笑顔になるような魔法をカカシに掛けろ。術式と魔法陣を自分で考えてな」
「ええっ!?」
思わず僕は叫んでしまった。
「そんな杖も使わずに、学院で習っていないことをやれと言われてもできません! 不可能です!」
「いや、できる。古い時代は一部の特権階級の子ども以外は学院に通えなかった。その時代の方が魔法や魔術であふれていた。なぜだと思う?」
「なぜって……歴史の専門家でもない僕には、わかりません」
「言っただろ。術者の思いの強さで威力が変わるって。古い時代の魔法や魔術には、形式なんてなかった。誰かを大切に思う気持ち、それだけあれば魔法陣も術式も必要ない。親のために心を込めて描いた幼い子どもの下手くそな絵が、世界を破滅させようと考える魔王をおびやかす。恐ろしい魔王の力すら凌駕する強い魔法になったんだ」
「それは遠い昔の話でしょう。今は時代が違うんです! 僕には、他の人たちのように魔法も、魔術も使えません……人より劣る、役立たずな人間なんです」
僕が反論すれば、マックスさんが僕の手を取り、手の平に蛇の絵を描いた。
すると驚いたことに、蛟の主が水もない場所なのに現れたのだ。
「いいや、違わない。おまえは暗殺者に襲われたとき、オレたちが万事休すとなったら、何十年も会っていなかった蛟の主を呼び出した。それは、おまえがオレたちを『助けたい、力になりたい』と強く願ったからだ」
蛟の主は頭を僕の頬にすりつけ、(大丈夫だよ、ルキウス。がんばれ)と応援してくれた。
僕はアポロンとアルテミスのことを考えた。彼らが喜ぶもの、笑顔になりそうなものをイメージする。頭の中に自然と浮かんできたものを指先でで描き、言葉で補足をする。
すると綿飴の雲がカカシの頭上に出現する。その上にはぬいぐるみの猫や犬、うさぎ、くまが乗っている。彼らが雲の上でジャンプするとポン、ポンと飴玉が落ちてきたり、チョコレートが落ちてきた。
「一発でできたな」
「……はい」
自然と目に涙が浮かんだ。
召喚魔法ではない、僕が頭の中で描いたものが魔法になった。
ずっと自分は魔法が使えない、できないとコンプレックスに思い、七歳から十八歳まで学院で過ごしてきた。こんな奇跡が起こる日が大人になって来るなんて、嘘みたいな話だ。
すっと僕の魔法が消えていった。
蛟の主は(よかったね。ぼくたち、もっと会えるようになるね)と言い、姿を消した
「『人や魔物を傷つけるのが怖い。使いたくない』。心の奥底でそう思っている気持ちがあまりにも強すぎて、おまえ自身に歯止めをかけるんだよ」
「僕自身が――」
「要するに気持ちの問題だ。召喚魔法に制約がかかるのも、ルキウスが召喚師として無能だったり、おかしいからじゃない。おまえ自身が召喚することを恐れているんだ。『たくさん喚んで嫌われたらどうしよう』『喚んでも戦闘で怪我をしたら、みんなが傷つく』って思っている。だから、制約を作ってでないと喚べないようになっちまったんだよ」
「そうだったんですね」
長年の謎が解けた。それがうれしくもあり、悲しくもあった。だれかを傷つけたくないと願う限り、僕は魔法が使えないのだから。
「そもそも、召喚師は、自分からやみくもに召喚するものじゃない。その場に一番ふさわしいものを直感して喚ぶんだ」
「直感ですか」
「ああ、感覚的な話だが、相手が喚んでいるのを汲み取り、力を貸してもらう。それが召喚師の魔法であり、魔術だ。おまえの力を制限している心の枷 を取っ払えば、わかるようになっていく。他の魔法や魔術も使えるようになる」
「ですが、どうすればいいんでしょう。マックスさんに言われて、魔法や魔術が使えない理由は判明しましたが、いきなり自分の心を変えることはできません。自分でも戸惑っているくらいです」
「答えはもう、おまえの中で出ているだろ?」
心臓の上辺りをトンと拳で軽く叩かれる。
「『大切な人たちを守りたい』『だれかの力になりたい』『助けたい』、その気持ちを強く持てば、おまえは高度な魔法も使えるようになる」とマックスさんが、にっと笑みを浮かべた。「あとは実践あるのみだ。練習量が圧倒的に少ねえし、体力がないから召喚魔法を使うたびに魔力が枯渇して、ぶっ倒れることになるんだ」
図星を突かれて、うっ! となりながら、マックスさんに「杖を取れ!」と指示される。
「ここなら魔力が消費することもない。バンバン魔法の練習をして、魔力を増強しろ。攻撃魔法がそれなりに形になったら、次は防御魔法の練習だ。始めるぞ!」
そうして僕は、マックスさんの特訓を受け、魔法と魔術の練習をした。
*
夕食時になるまで休むことなく特訓が続いた。頭がガンガンするし、身体中が痛い。
なんとか十回中八回は上級の攻撃魔法を出せるようになった。
むしろその後の防御魔法の習得が大変だった。
何しろ全身に防御を張るのではなく模擬刀を手にしたマックスさんから不意打ちの攻撃を食らう前に、防御魔法を張る特訓を受けたからだ。
鈍臭い僕のに模擬刀が当たるは当たる。簡易的な鎧と鎖帷子をつけていたのに、身体が打ち身だらけになった(そのたびに回復魔法を自分に掛けるように指示されたので、怪我はないのだが)。
大剣でなく軽い模擬刀だからか、マックスさんの動きがいつも以上に早く、見抜けない。気づいたときには背後にいて背中を打たれたり、ジャンプをして頭上にいたかと思ったら頭を打たれている。
結局、瞬間的に防御魔法を出すことはできず、今日が終わった。
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